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ぼくはともだち

 ぼくは彼女の想像上のともだちだ。だから、実際には存在しない。彼女以外の人にぼくの姿は見えないし、ぼくの声は聴こえない。彼女が思う、故に我あり。
 彼女には友達がいない。実際に存在する友達が。これには色々な理由があるのだろうけど、彼女がとても恥ずかしがり屋なのが一番の原因なのではないかと、ぼくは思っている。お母さんに連れられて、同年代の子供たちがいるところに行っても、彼女はお母さんの影に隠れて出てこようとしなくなる。彼女以外の子供たちはすぐに打ち解けて仲良く遊んでいても、その輪に入っていけない。
「一緒に遊んだら?」
「いいの」と彼女は言う。「君がいれば」
 だから、ぼくは彼女と遊ぶ。おままごとをしたり、お喋りをしたり。ぼくにとって、それはとても幸福な時間だ。ぼくは彼女と遊ぶのが大好きだ。彼女はぼくを求めてくれている。誰かに求められるということほど、幸せなことがあるだろうか。ぼくには考えられない。そして、ぼくもまた、彼女を求めている。ぼくは彼女のことが大好きだ。なにより、ぼくは彼女無しに存在できない。ぼくは彼女の想像の産物だから。でも、それ抜きにしても、ぼくは彼女を求めている。もしかしたら、彼女を求めるように彼女に作られているからなのかもしれないけれど、それでも、ぼくは彼女を必要としている。少なくとも、ぼくは彼女を必要としているのだと思っている。
 ぼくに必要とされることは、彼女にとって幸せなことなのだろうか?ぼくは存在しないのだ。存在しない存在に必要とされて、果たして幸せだろうか。ぼくにはわからない。
「こんなに恥ずかしがりで」とお母さんはよく話をする。「学校に入って大丈夫か心配で。ちゃんと友達を作って欲しいんだけど」
 ぼくもそう思う。彼女に実在する友達を作ってもらいたい。たぶんその方がいいのだ。でも、そうなったら、彼女はぼくを必要としなくなるだろう。彼女がぼくを必要としなくなとたらどうなるのだろう。必要とされなくなったぼくは、たぶん消えてなくなるのだ。
「ずっと一緒だよ」と彼女は言う。ぼくは何も答えない。肯定すれば、彼女は実在する友達を作らない。否定すれば、ぼくは必要とされなくなる。
 ある日、彼女と一緒に道を歩いていると、彼女が何かに躓いて転んだ。膝を擦りむいて、痛くて立ち上がれない。ぼくはどうすることもできないで、「大丈夫?」とか「泣かないで」と言うことしかできなかった。そこに、彼女と同い年くらいの男の子が通りかかった。彼は彼女に手を差しのべると、彼女を立たせた。服についたホコリを払って、そうして行ってしまった。それはぼくにはできなかったことだ。ぼくは想像上の存在でしかない。手を差しのべ、立ち上がらせることはできない。
 その日をさかいに、ぼくは彼女の呼び掛けに答えないことにした。どんなに呼ばれても、たとえ彼女が泣いても。彼女は途方に暮れていた。唯一のともだちが、自分で言うのもなんだけど、心の支えが失われてしまったのだから。ぼくは耐えた。彼女の悲しみとはつまりぼくの悲しみなのだ。それでも耐えた。
 そうして彼女は学校に上がった。最初、なかなか馴染めなかったのだけど、時間が経つにつれて友達もできた。たぶん喧嘩もするだろうけど、それでいいのだ。
 それはつまり、彼女がぼくを必要としなくなるということだったのだから、ぼくはもう存在しない。それでも、ぼくはいつも彼女を見守っている。

No.240

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