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星は巡る

 戴冠式は星の配列が悪いために延期となったのだった。
 占星術師たちは、この配列で戴冠式を強行すれば、王は非業の死を遂げ、国は衰え滅びるだろうと言った。それを聞いた次期国王は占星術師たちに星の配列についての再計算を求めた。これは異例のことだった。それまでの数百年の間、占星術師たちの言葉に従わなかった王はいなかったからだ。
 次期国王は占星術師たちの観測と星の運行に関する計算について疑いを持ったのだ。それは自分の戴冠を阻むために占星術師たちの仕組んだでっち上げではないかと。 
 もちろん、次期国王に星のことはわからない。計算についてもしかり。それは高度に理論化された学問であり、ちょっとした星占いなどというものとはまるで違うものだった。占星術師たちは当時の最先端をいく科学者でもあった。たとえば、現代物理学の、素粒子に関する何かに、権力者が物言いをつけるとしたら人々はどう思うだろう?占星術師たちの言葉に素直に耳を傾けないということは、当時それに等しいことだった。しかし、次期国王はそれくらいの権力を持っていたのだ。先代の王、次期国王の父に当たる人は病弱で、ほとんど自ら政務を執ることはなかった。それは次期国王である皇太子が摂政として行っていたのだ。それまでも事実上、最高権力者は彼であって、戴冠はそれが名実共になるというだけのことだった。
 次期国王の求めに占星術師たちは慌てふためいた。彼らに他意はなかったのだ。そこまでの政治的な感覚を、彼らは持っていなかった。ただ誠実に、夜空の星の運行を捉え、それの行く末を計算によって求めただけだった。次期国王の即位を阻もうなどとは夢にも思っていなかった。しかしながら、事実として、彼らの行動はそれと同じような結果をもたらしかねず、また口さがない廷臣たちの中には占星術師たちが謀反を企てているのではないかと噂する者もあった。占星術師たちの言葉は、実際大きな力を持っていたのだ。しかし、彼ら自身はその自覚をしていなかった。彼らの眼差しは夜空に向けられていて、星々の運行以外、地上の些末なことには向けられていなかった。
 ところが、眼差しは天上の世界であろうとも、彼らのその体が住むのはこの地上だった。国王の論理の支配する地上である。占星術師たちがそれを理解していなかったとしても。
 再度の計算を求められた占星術師たちは、慎重に計算をした末に、最初に出した結果と同じ結果を出した。占星術師たちの計算は正確だった。彼らの宇宙モデル、彼らの住むこの大地を中心とし、それを惑星が取り巻いている、精妙複雑に作り上げられた天動説の世界観においては。
 出されたものが同じ結果であったことに次期国王は激怒した。彼は自分の思い通りにならないものが嫌いだった。星々であっても、自分に従うべきであるとすら考えていた。そして、次期国王は占星術師たちを全員縛り首にした。もちろん、占星術師たちにはなんの罪もなかった。ただ少しその時代を生きるのに不器用だっただけだ。こうして、国の最高の知性が失われた。しかし、星の配列が重要事項であることは変わらない。誰かが星の運行についての計算をしなければならない。
 そこに白羽の矢が立ったのが、一人の青年だった。彼は占星術師に弟子入りしたものの、占星術師たちの古い考え方に、反発し逃げ出した人間だった。彼はこう主張したのだ。これまでの占いは間違っていると。
 次期国王に謁見した青年は言った。「古い占星術では我々のいるこの星は不動だとされていました」
 次期国王は適当に頷いた。星の動きになど興味はなかった。
「しかし、それは間違いなのです。この不動だと思われていた星を動かせば、周転円などの複雑な仕組みを導入しなくとも星の運行を説明できるのです」
「朕の求めているのは」と次期国王は言った。「朕の望むように星が並ぶことだけだ。この星が動こうと動くまいと、朕は知らない。朕の望む結果を出せ」
 そして青年は自分の理論に基づいた宇宙モデルで計算を行い、そして少し計算を誤魔化しながら次期国王の望むような結果を出した。次期国王はついに国王となり、公に地動説を支持した。
 それから数十年が経ち、国王は戦で死んだ。その後も王の子孫が国王として君臨したが、次第に国力は衰え、ついにはよその国に征服され、今はもうその国は存在しない。そして人々は自分の足元にあるこの天体が、太陽の周りを回っていると信じている。


No.332

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