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想像もしなかった世界

 念願叶って復位を成し遂げた王は、その玉座を追われた苦難の時代から教訓を得ることを忘れなかった。最も恐ろしい力は想像力である。これが王の得た教訓だ。王はなぜ革命が起きたのかを考えた。中産階級の成長?宗教の弱体化?農村の貧窮?貴族たちの怠惰?それらは確かに要因となったかもしれない、と王は思った。しかし、それらは発火性のガスではあったかもしれないが、火ではない。火は何か。その火を、火花を散らしたものは何か。それは想像力なのだ、と王は考えた。革命を起こした民衆は想像したのだ。革命後の世界を。王や貴族無き世界。そこで自分達が主役になることを。もっといい生活を。もっと幸福な人生を。もっと自由な社会を。そうした想像があったからこそ、汗を、そして血をも惜しまぬ行動ができたのだ。想像力こそは全ての原動力だったのだ。
 そこで王はお抱えの科学者たちに命じ、人々の想像力を奪う機械を作らせた。ただ想像力を奪えるだけでは駄目だ。想像力のある人々が相手なのだ。想像力ある人々が想像力を働かせ、その機械が想像力を奪うものだと気取られぬようにしなければならない。人々が強制されることなく、自分から進んでそれを使い、想像力を削られて行くのが良い。難しい注文ではあったが、王のお抱えの科学者は優秀だった。王の課した難問にしっかりと答えてみせたのだ。
「素晴らしい」と王は試作品を前に言った。「ああ、この機械を見ているだけで、使ってみたくてウズウズしてくる」
「陛下」と科学者は王を制止する。「使ってしまいますと想像力が奪われてしまいますぞ」
「うむ、わかっておる」と王は顎を擦りながら言った。「朕ほどの想像力の持ち主でも、後先考えずに使いたくなる。これなら愚民どもは夢中になるに違いない」
 かくして、その機械は大量生産され、販売されることになった。貧しい人々の手にも渡るよう、価格はおさえられている。
王の企み通り、その機械は爆発的に売れ、人々は昼も夜も忘れその機械を使い、想像力を失っていった。そうして、短くない時間が過ぎた。
 その頃には、非常に長命だった王、もちろんこれは王のお抱え科学者たちの施した延命技術のおかげなのだげ、その王を除いた国民、農民から貴族にいたるまで、子どもの頃からその機械に慣れ親しんでいたので、想像力は皆無と言ってよかった。
「なんたる有り様だ」年老いた王は国の行く先を憂えていた。国民たちはみな怠惰で、他人の迷惑を顧みず、自己中心的な者ばかりだった。いつも誰かの命令を待ち、言われたこと以上のことをしない気の利かない者ばかりだった。型にはまったことしかできず、融通の利かない者ばかりだった。これまでの前例を踏襲することしかできず、創意工夫のできない者ばかりだった。新しい何かを産み出すことのできない者ばかりだった。
「このままでは、この国はじきに滅んでしまう」
「そうですね」と宰相は言った。
「どうにかせねばならん」
「そうですね」
「何か策は無いものか」
「そうですね」
 王は宰相を更迭した。これでその月に入ってから三人目だった。王国は致命的なくらいの人材不足だった。じきに滅ぶだろう。
「こんなことになるとは、全く想像もしなかった」と王は頭を抱えた。


No.294

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