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誰も泣かないし、誰も笑わない

 雪が降っていた。音も立てずにそれは白く積もっていった。積もった雪は溶けることなく積もり続けた。季節外れの雪。もしかしたら、それは雪ではなくて灰なのかもしれない。すべて死に絶えてしまったかのように静かだった。事実、町は死に絶えたも同然だった。いや、町はいままさに死のうとしているのだ。
 男は扉を閉め、鍵穴に鍵を差し込もうとして苦笑いした。もう二度と戻って来ないところの戸締まりを気にかけるなんて馬鹿げている、と男は思った。もう帰ることはない。町は放棄されるのだ。町のすべてが放棄される。それは当局の指示であり、当局の指示であればそれは絶対なのだ。そこの住人はすべてを捨てなければならない。家具や食器、衣類、それらをまとめて持ち出すような時間は許されていない。即刻そこを出なければならない。人々は取るもの取らず必要なものを選別し、必要ではあるが持って行かれないものを涙を飲んで諦めた。
 男はその住人の最後の一人である。男が出ていくことで、町からは誰もいなくなる。町が放棄される理由は明らかにされない。当局は説明をしない。もちろん議論もしなければ、相談もしない。指示をするだけで、それがどのようにして決定された指示なのかは誰も知り得ない。
 そしてまた、男がどこに行くのかについてもまた明らかにはされない。
 これは男の物語ではないからだ。  
 最後の男を見送ったのは、空き家となった家々である。その家々は、男が出て行き、そこに誰一人としていなくなるという事実に何の感慨も無いかのように見えた。少なくとも男の目からは。実際、そんなものは無いのかもしれない。家は家であり、それは無機物であり、それに命も意思もない。しかし、あえて想像しよう。家々にも思いがあると。例えば、その柱に付けられた傷の一つ一つには、そうした思いが詰まっているのものと。
 住む人を失った家々は急速に痛んでいった。元々風の強く、寒さの厳しい土地である。季節によるが、土砂降りの雨の降ることもある。人々にはもちろん、家々にとっても生きにくい環境なのだ。
 耐えること自体を、家は厭わなかった。耐え忍ぶことは元来彼らに与えられた性質であり、むしろそれは喜びですらあった。しかしながら、誰も住まわなくなってみると、それは彼らに与えられた本質ではないことが明らかになった。
 凍える風は屋根を軋ませ、スコールは家々の壁を蝕んだ。風が強く吹き、施された装飾を引きちぎった。誰も踏みつけることのない植物は繁茂し、家を、そして町を飲み込んでいく。屋根は誰かを守っていた。壁も誰かを守っていた。装飾を付けた人は、それを付けた時、悦に入った。しかし、今はもう誰もいない。守るものが無いということは、こんなにも孤独なのかと、家は思った。
 家は空虚だった。
 屋根が飛ばされても、壁に穴が空いても、誰も困らないし、誰も悲しまない。その中で営まれていた生活、家族の暮らし、暖かい食卓、些細ないさかい、団欒、繰り返される日常。そうしたものは、もはやそこには無いのだ。誰も笑わないし、誰も泣かない。家々は風雨に風化していき、いずれ崩れ落ちるだろう。そうなっても、誰も泣かないし、笑う者すらいない。なぜなら、家は無機物であり、ただのものなのであり、心や意思を持ち合わせていないからだ。
 どこかで小鳥が歌を歌っている。

No.305

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