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魔女たちは歌う

 魔女たちは歌う。いつも歌う。針仕事をする時にも、食事をする時にも、水浴びの時にも、笑う時にも泣くときにも、眠っている時にさえ、魔女たちは歌う。息するのと同じに歌う。
 それは魔女がこの世に産まれたその瞬間、産声の瞬間から、普通の赤ん坊が泣き声を上げるところを、魔女の赤ん坊は歌いながら産まれてくる。その魔女の赤ん坊を産み落とした母親も魔女であり、魔女であるからには歌っているし、産婆も魔女であり、魔女なので歌いながら、歌う魔女の赤ん坊を取り上げる。その場は歌で溢れることになる。唯一の例外は、女の夫、父になった男で、彼だけは口をつぐみ、遠くを見詰めている。
 魔女たちは女の赤ん坊しか産まない。無口な男たちはどこからともなくその土地にやってきて、いつの間にか魔女たちと夫婦になる。無口な男たちがどこからやって来るのかは誰も知らない。無口な男たちは必要最低限のことさえ話さないから、自分がどこからやって来たのかを語ることなどありえない。
 そうして産まれた魔女は、休むことなく歌いながら成長する。歌いながら這いずり周り、歌いながらよたよたと歩き、歌いながら少女になり、大人の魔女になる。周りにいるのも魔女ばかりだ。魔女たちは歌う。魔女たちの歌は風を呼び、それがそっと木々を押し、その力でもってこの惑星は回る。魔女たちの歌が惑星を回し、それは天球を回し、それで星々は巡り、太陽を回す。木々たちも歌う。風も歌う。
 歌が呼び起こす風は天にまで届き、太陽を、月を星々を、ゆっくりと押してやる。そうしてそれらは天空を渡ってゆく。 星々も歌い、太陽と月も歌う。魔女たちの声に合わせて。それは大合唱になる。耳をすまさなければ聴き取れないような大合唱。宇宙の調和を祝ぐ歌声。
 魔女たちは身を寄せ合いながら生きる。お喋りをし、父の、夫の、そして歌う子どもの世話をし、その間にも魔女たちは歌い続ける。彼女たちの歌が、世界のあらゆるものを押し進めているからだ。魔女たちにその自覚があるのかはわからない。彼女たちは多くのことを喋るが、歌についてだけは決して話さない。尋ねたとしても、上手い具合にはぐらかされるのがオチだ。歌いながら。わかることといえば、魔女たちは歌うことを楽しんでいるということだけだ。それは彼女たちの様子から容易に読み取れるところで、魔女たちは笑みを絶やさない。
 無口な男たちは、いつも押し黙っている。口を開くと、何か大事なものがそこから逃げてしまうか、何か邪悪なものがそこから入り込んでしまうかというように。彼らは黙々と地を耕し、食事をし、歌う妻を抱く。
 男たちが彼らの恋人であり、妻である魔女たちの歌についてどう思っているのかはわからない。彼らは何一つ語らないからだ。様子を窺っても、それはわからない。男たちは常に遠くを見詰める目付きでいて、楽しんでいるのか、つまらなく思っているのか、まるで見当がつかない。そもそも歌を聴いているのかさえ定かではないのだ。遠い目をして、ここではないところに思いを馳せているような彼らの耳に、それは時計が時を刻む音のように、あまりに当たり前で、意識に昇ることのないものなのかもしれない。
 そして、魔女は年老い、息を引き取って、その一生を終える。そして、彼女の歌も止む。魔女たちは涙を流しながら歌い、死んだ魔女を弔う。男たちは黙ったまま、死んだ魔女を弔う。

No.328

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