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登場人物みんな死ぬ話

 その男の感じたそれは、男にとって最期に感じるものとなるのだが、男にはそのことはわからなかった。男になにかを考えるような暇は与えられなかった。感覚と、死の間にはほぼ無と言っていいくらいほどの時間しかなかった。
 強い力で頭を押さえられ、首元に冷たいものを感じ、そして死んだ。それは一瞬とも言えない瞬間だった。
 もちろん、それは死んだ男の主観である。刃は男の喉を物理的に、物理的な時間をかけて掻き切った。皮膚を裂き、肉を絶ち、骨を砕いた。血は吹き出し、男の意識は即座に失われ、体は力を失って崩れ落ちそうになったが、男の喉を掻き切った者がそれを受け止め、ゆっくりと地面にそれを横たえた。もちろん、男に敬意を払ってのことではない、男が倒れ込むようであれば、それなりの物音を立てただろう。結局のところ、それを嫌ったに過ぎない。敬意のようなものは一切無かった。それは虫けらを殺すよりも感情を交えない行為だった。あるいは、無機物を断つのでもそれよりも感情を伴ったのではないかと、そう思わせるくらいに無情な行いだった。
 横たえられた男は意識はすでに無かったが、まだ肉体がすべての機能を止めてはいなかった。心臓はまだ動いていて、血液を送ろうとしていた。もちろん、心臓は思いもよらなかっただろうが、それが脳へと送り込もうとしていた血液は切断された首の血管から溢れ、地面に赤い溜まりを作っていた。そこで、男は息絶えた。男の役目は、そこで見張り、奥へと何人たりとも入り込ませないことであったのだが、それは果たせなかった。しかしながら、それは男が無能であったわけではなく、男の喉を掻き切った相手が手練だったということだ。それは、死んだ男のあとに控えていた男たちが男同様あっさりと殺されたことが証しているだろう。
 次に殺されたのは手洗いから出てきたばかりの男で、死角から喉を一突きされた。声を出す間も無く、最初の男同様絶命し、その体はゆっくりと地面に横たえられた。
 次に殺された男はその侵入者の存在に気づいた。声を上げた瞬間に撃たれ、絶命した。弾丸は過たずにその男の眉間を撃ち抜いていた。
 その銃声で色めき立った。武装した男たちの足音が響き、奥で守られている人間、おそらくその人間の命こそが侵入者の真の狙いであろう人間は厳かを装いながら立ち上がり、脱出を図ることになる。とはいえ、不安を気取られまいとする余裕などはないのだ。すでに侵入を許し、着々とその足音は近づいている。慌てて飛び出せば鉢合わせしかねない。もちろん、秘密の脱出路は用意されているし、周囲は重武装した男たちが配置されている。それでも、そこに侵入したという事自体が、手練であることを教えているのだ。
 銃声が鳴り響く。一発、二発、三発、数え切れないほどに。ドアに、壁に、銃弾によって穴が穿たれていく。窓ガラスが割れた。硝煙の臭い。砕け散る木材。鉄骨で跳ね返る。悲鳴。足音。走る足音。叫び声。うめき声。鈍い音。人が倒れた音だ。血が飛び散り、倒れる。静かになる。様子を窺って顔を出す者がいる。銃声。吹き出す血。そして、また静寂。
 重武装した男たちに囲まれながら、裏口から出る人間がいる。車が横付けそれている。マシンガンを持った男の一人が、車のドアを開き、その中に守っている人物を入れようとする。座席に人影。
「よう」
「クソが」
 引き金。破裂音。崩れる鈍い音。残響。続けて銃声。銃声。銃声。
 そこにいた人間すべてが殺害され、こうして組織は壊滅した。
 組織を壊滅させた男を除いて登場人物みんな死んだわけで、その男は生き残っているわけだが、その男もまた死ぬ。稼業が稼業だ。人を殺しながら長生きを望めるようなものではない。あるいは、生き抜いて、その生涯をまっとうしたとしても、死ぬ。



 
No.444


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