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こんな雨の日には

 すごく高いところから落ちる夢を見た。どうしてかはわからなけれど、すごく高い梯子の一番上にいて、バランスを崩して落ちてしまう夢。でも、それが夢だとわかっているので、深刻にならないで落ちていく。こんな高さから落ちたら、本当は死んじゃうんだろうな、と思いながら。そんな、夢。
 目を覚まして外を見ると、雨が降っていた。せっかくの休日ではあるけれど、そもそも予定も無かったから、それでいいような気がした。むしろ、わたしの気分には雨降りの方が合っているような気がした。彼がまだ眠っているだろう。わたしは足音を忍ばせる。物音を立てて、いさかいになるのは面倒だ。
 始まりがあるものには終わりがある。ワクワクしながら読み始めた本は、夢中になって読み進めれば読み進めるほど、その残りは少なくなっていく。それでも、ページをめくる。いつか終わるのを知りながら。終わりに向かって進んでいく。
 あるいは、人間関係は本や映画とは違って、終わりなんてなくて、ただ変化していくだけなのかもしれない。始まった頃とは別のものに変わっていく。摩耗?劣化?成熟?成長?なんとでも言い方はあるだろうし、なんとでも好きなように呼べばいい。でもそれと、終わりとにそんな差があるだろう。花が散ってしまったのなら、それはやっぱり終わりじゃないか。
 まだ一緒に暮らす前、付き合い始めの頃。毎日の習慣になった寝る前の電話は、切るのが惜しくて、いつまでもいつまでも話していたのが、気づくといつの間にか、先に切ろうとすると冷めてしまったと思われるのが怖くて、いつまでも切れなくなってしまった、あの感じ。もしかしたら、あの瞬間にもう何かが変化し始めていたのかもしれない。わからないけど。
 愛し合うために愛し合っているふりをしたのか、愛し合っているふりをするために愛し合ったのか、もうわからなくなってしまった。どっちでも同じか。雨降りの日は物思いに耽るのにうってつけだ。窓際に座って、雨に濡れる町を眺める。車が走っていく。どこに行くんだろう。こんな雨の日に。
 物音がして、彼が起きてきた。物思いにふけっていたから、彼が起きてくる気配に気づかなかった。気づいていれば、わたしは自分の部屋に戻っていただろう。別に彼のことが嫌いなわけではないし、なにかどこかに問題があるわけでもない。暴力を振るわれるなんてこともないし、女癖が悪くてそれに悩まされるとか、金遣いが荒くて困るとか、そういうこともない。誰も悪くない、なんていうのはきれいごとなんだろう。あまりにも複雜なだけだ。世の中の、多くのことと同じように。そして、ただ、読み進めて、残りのページが少なくなってしまった。そういうことなんだと思う。わたしも、彼も。始まれば、終わりがある。
「おはよう」
「おはよう」
 交わされる言葉。交わされる言葉、だけ。
「雨か」と、彼は窓の外を見て独り言のように言った。
「うん」と、わたしは答えた。
「子どもの頃、少年野球をやってたから、雨は好きだった」と、彼は言った。
「練習が休みになって、映画を見に行けるからでしょ?」と、わたしが言うと、彼はわたしを見た。
「うん」そういって、彼はわたしの向かいに座って、窓の外を見た。しばらくの間、ふたりとも何も話さなかった。何も話さなくても気詰まりしないのが居心地悪かった。沈黙が軽くて重かった。それが軽いからこそ、事態の重さを物語っていた。
「そういえば」と、言いかけて、やめた。思い出話をすれば、もしかしたら繋ぎとめられるかもしれないなんて、漠然と思ったのだけれど、繋ぎ留めたいのはなんだろう。彼?わたしの心?
 ページはめくられる。紙のこすれる音。読み返す?どうして?なんのために?もしページが尽きるのなら、ただ本を閉じるだけじゃダメなのだろうか。
 そういえば、まだ小さい頃、楽しみにしていた、遠足が雨で中止になったことがあった。わたしは泣いて、泣いて、泣いて、わたしが泣くから雨が降るんだって父が言って、わたしはさらに泣いた。疲れ果てて眠ってしまうまで。あのときの、彼は雨で野球の練習が中止になって喜んで、母親と手をつないで映画を見に行っていたのだろうか。彼が育ったところと、わたしが育ったところは、遠く離れているから、天気が違っただろうか。まだわたしたちが出会うはるか前の話。むかしむかしで始まるような昔話。どうでもいいけど。
 彼がため息をついた。わたしはため息を我慢した。
 雨が降っていた。

No.468


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