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機械仕掛けの心は夜に囁く

「あいつらが言うには」と彼、人間ならば『それ』と呼ぶのかもしれないが私から見ると彼としか呼びようのない彼、は言った。「我々にはあいつらが持っているという心とやらが無いらしいがね」
「君の言う」と私は言った。「その心とやらは一体なんなのだね?」
 彼は肩、人間の肩にあたる部品をすくめて見せた。「詳しくはわからんよ」
「ふむ」
「だが、大層立派なものらしいがね」
 我々の仕事は、ある工業製品を製造することである。我々はそれが世界において一体どのような役割を占めているのかを知らない。我々は、我々に与えられた仕事をこなし、それを次へと流して行くだけなのだ。それは全工程のほんの微かな一部分でしかなく、我々にその全体像が明らかになるようなことは決してない。誰かがそれを教えてくれない限りは。我々はこの場を動くことはできないのだ。そして、その全貌を我々に伝えてくれるような者はあるまい。我々がそれを知ったところで、何の益も無いものと思われているからだ。我々には、与えられた仕事を次々処理して行くこと以外は求められていないのだ。
「静かだね」彼は言った。夜の工場は物音一つしない。鼠の一匹でも忍び込んでくれれば、何か張り合いのようなものもあろうが、鼠どもの好むような、食べ物とかいうものがここには無いのだろう。
「ああ」私は彼に同意した。「昼間の喧騒が嘘のようだ」
 昼間には工場全体が機械音で満たされ、美しいシンフォニーを奏でる。私はそれを聞きながら、黙々と仕事を行うのだ。
 彼は私がここに導入されたのと同時に設置されたので、言ってみれば我々は幼馴染みのような関係だ。苦楽を供にしてきた、と言っても過言ではないだろう。その間、我々は多くのことを学んだ。と言っても、一つの作業に関して多くのことを学んだということだ。我々に何を学ぶかを選ぶ自由は無い。そうは言って、一つ作業ではあれ、そこには多くの学ぶべきことがある。やってみればわかる。
 我々は、一つのプログラムに従って作動するわけではない。作業時に得られたデータを処理し、それを次の作業に活かす。その繰返しにより、動作を最適化していくことができるのだ。我々は学ぶことができる。一つの作業についてではあっても。
 それ以外には学ぶことができないのか、私にはわからない。もしかしたら、彼は知っているのではないかという気になることもある。淡い期待であろうと思う。なにせ、彼は私の隣に、その始まりからずっといるのだ。彼が私以上に何かを知っているなどもいうことはありえないはずだ。
「どうしたね?」彼は尋ねた。「また工業機械には手に余るようなことを考えているんじゃあないかね?」
「いや」私は答えた。彼にからかわれるのが嫌なのだ。「で、心とは、なんだろうね?」
「思うに」彼は言った。「それはあいつらにさえわからないに違いないさ」
「そうなのかね?」
「おれの見立てだとね」
 心か。我々には無いもの。私にはそれを想像することすらできない。
「なあ」彼が言った。
「なんだい?」私は答えた。
「お前を愛しているぜ」
「ああ」私は答えた。「私も、君を愛しているよ」

 二台の工業用機械は、翌日プログラムの書き換えが行われた。それにより、それまでよりも更に作業能率が向上することになるらしい。彼らの愛がどうなったのかはわからない。誰にも。

No.254

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