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命の恩人

 危機一髪のところで救われた。首の皮一枚とはまさにこのこと。本当にギリギリのところだった。あと一歩で命を落とすところだった。紙一重、奇跡と言って差し支えない。その人がいなければ、いまごろお陀仏、これはあの世で語るという趣向のものになっていたことだろう。その人は紛れもない命の恩人である。
「助かりました。ありがとうございます」わたしは冷や汗でぐっしょりになりながらその命の恩人に礼を言った。
「いや、礼には及ばんよ」命の恩人は服についたホコリを払いながら言った。「まったく、礼には及ばん」
「いえ、あなたは命の恩人です」わたしは首を横に振り言った。額に玉になった汗が飛び散る。
「いやいや、君こそわたしの恩人だ」わたしの命の恩人はゆっくりと首を横に振る。
「何を言っているんです?命を助けてくれたのはあなたです。あなたが恩人なのです」
「ふむ」とその人は言った。「少しわたしの話をしてもかまわないかね?」
 その人の話。
 その人は昔、危機一髪のところを救われたそうだ。あやうく命を落としかけたところをある人に助けられた。そう、わたしがその人にしてもらったように。
「助かりました」と、その人は言った。「ありがとうございます。あなたは命の恩人です」
 当然だろう。わたしがその人の立場だとしてもそう言う。いや、まさにその人と同じ立場になって、そう言ったわけだ。
 話を元に戻そう。
 すると、その人を助けた人は首を横に振ってこう言った。「礼には及ばんよ。君こそがわたしの命の恩人だ」
「どういうことです?」と、その人は尋ねた。それはそうだろう。わたしだって困惑した。
「わたしには呪いがかけられているのだ」その命の恩人の命の恩人は言った。
「呪い?」わたしの命の恩人は首をかしげた。
「少しわたしの話をしてもかまわないかね?」
 その人を助けた人の話。
 その人を助けた人は危機一髪のところを救われたそうだ。命を落とすところを助けられたのだ。わたしと同じように。わたしを助けた人と同じように。
「助かりました。あなたは命の恩人です」まあ、そう言うだろう。
「いや、礼には及びません。助けられたのはわたしの方です。わたしは以前、間一髪助けられたことがあります。わたしはその人に感謝しましたが、わたしを助けたその人はわたしに呪いをかけたのでした。誰かの命を助けなければ、一年で死んでしまう呪いです。なぜわたしを助けたその人がわたしに呪いをかけたのかって?それは、この呪いが、命を救われた方に受け継がれていくからです。わたしを助けたことで、その人は呪いから解放され、わたしが呪いに囚われることとなったのです。そして、ついにわたしも呪いから解放されることになったのです。あなたはわたしの命の恩人です。それでは、あなたも頑張って誰かの命を救ってください」


No.678

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