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面白い話

 王は即位してからというもの、多くの人の話を聞いてきた。まるでそれが仕事ででもあるかのように。様々な人が王に様々なことを訴えた。干魃で苦しんでいるという農民がいたかと思えば、洪水でひどい目にあったという農民もいた。外国との付き合いを増やすべきだという商人がいたかと思えば、外国なんかと付き合うとろくなことにならないという商人もいた。隣人が五月蝿くてかなわないという訴えをした隣人が隣人が五月蝿いと訴えてきた。王のもとには様々な悩みが持ち込まれた。人々は王ならそれを解決してくれるだろうと期待しているのだ。期待には応えないわけにはいかない。王が王であるゆえんはひとえに人民からの信望によるのだ。それがなければ革命が起きて首がはねられることだろう。王は全ての人々の訴えに裁定を下した。人々はとりあえずそれで満足した。
 ところが日々そんな風に悩みや愚痴を聞かされる王はたまったものではない。だんだんとストレスが溜まり、円形脱毛症になって胃に穴が空いた。そんなもの知るか、と居直ればいいものを、生来の生真面目さか、いちいち答えているのがよくなかった。そして、真面目な人間ほどその糸が切れると厄介で、ついに王の堪忍袋の緒が切れて、もう一切訴えは聞かないと言い出した。何か厄介事を持ち込んだ人間はことごとく首をはねた。
「これで悩みもなくなっただろう」と王は笑いながら言った。人々は王に悩みを持ち込まなくなった。命は惜しいし、そもそも悩みの種は王の乱心である。革命を起こそうとするものもいたが、王はそれまでに自分の軍隊を強化していてとてもではないが素人では敵わない。人々はびくびくおどおどしながら暮らすことになった。
「つまらない話を聞かされるのはもうこりごりだ」王は宰相に言った。「何か面白い話はないものか?」
言葉に詰まる宰相。
「首をはねよ」
 こんな具合に宰相の首が何度もすげ替わった。まるで宰相とは首がはねられるのが仕事のようだった。とはいえ、宰相になるのはやはり賢い人間なので、何人かが首をはねられたのちに宰相になった男はこう進言した。
「面白い話のできる者には褒美をとらしてはいかがでしょう?」
「ふむ」と王は頷いた。「それは面白そうだ。まずはそなたに褒美をとらそう」
「ははあ、ありがたき幸せ」
 こうして布告が出され、国中から面白い話のできる者が集められた。褒美として金銀財宝、一生遊んで暮らしてもお釣りが来るくらいの大金が与えられることになった。王の気に入らなければ首がはねられることを誰もがわかってはいたが、その大金の魅力に抗えない人間も多く、そもそも自分が面白い話をできるなんて考える奴はお調子者の自信過剰が多いようで、そういう輩が王宮にこぞって集まった。
「隣の家に囲いができたんだってさ」
「へえ」と王は頬杖をつきながら言った。「首をはねよ」
「隣の家に囲いができたんだってさ。かっこいー」
「首をはねよ」
 面白い話のできる者は中々現れず、むしろ王はつまらない話ばかりを聞かされるはめになり、そのご機嫌はどんどん斜めになり、このままいくと垂直の断崖絶壁にでもなってしまうのではないかと思われた。
 そこでわたしが話をしに行くことにしたのだ。面白い話を。
「面白い話をさせていただきます」
「つまらなかったら首をはねる」陛下はつまらなそうにおっしゃいました。
「あるところに、とても心優しい王さまがおりました。王さまは心優しいので、人々の悩みや愚痴を進んでお聞きになりました」
「ふむ」
「しかし、ある日そんな生活に疲れはて、面白い話を求め始めたのです」
「それから」
「王さまが褒美をとらすということで、多くの人が王さまのもとに面白い話をしにやって来ました。しかし、誰も王さまのお目がねにかなう者はおりませんでした。そこにある男が現れました。男は言いました。『面白い話をいたしましょう。あるところに、とても心優しい王さまがおりました』」

No.237

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