男と女の孤独
男は孤独だった。それと同じように女も孤独だった。
男と女は深夜のさびれたレストランで出会った。場末と言う言葉がしっくりくるような場所、見捨てられた片隅。ふたり以外に客はいなかった。カウンターの中で、ウェイターが居眠りをしていた。
「立派な孤独を持ってるのね」男を見て女は言った。
「君の孤独も、とても素敵だ」女を見て男は言った。
どちらからともなく、女と男は連れ立って店を出た。通りに人影は無く、時折客を乗せていないタクシーが滑るように駆け抜けて行った。気だるげにトラックが通りすぎる。冷たいという言葉では足りないくらい冷たい風が吹いていた。男はコートのポケットに深く手を突っ込んだ。女はマフラーを口元まで上げた。
ふたりはあてもなく、とぼとぼと歩いた。ふたり並んで歩いているようにも見えただろうし、別々に歩いているようにも見えただろう。お互いの距離感のつかめないまま、近づきたいが躊躇うような足取りだった。
交差点で信号待ちをしている時に、男は意を決して女に言った。
「なあ」
「なに?」
「孤独の大きさを比べてみないか?」
「ここで?」女は言った。
「まさか」男は乾いた笑い声を洩らした。ハードボイルドを気取りましたというような、わざとらしい笑い方だった。「部屋に来ないか?」
「いいわ」女は口角を引き上げた。クールで場慣れした女として見られることを目指しました、というような、とてつもなくぎこちのない仕草だった。
そして、ふたりは男の部屋へと向かった。見捨てられた地域の、狭い独身者向けの部屋だ。家具はほとんどなく、まるで独居房のようだった。そこにひとり暮らすのはそこで暮らすのはさぞ孤独だろうと思わせる部屋だ。
そこで、男と女は自分たちの孤独を存分に見せ合った。最初は恐る恐る、相手の反応を窺いながら、そして次第に大胆になって、すべてをさらけ出した。
「なるほどね」
「何が?」
「うむ」
「ふうん」
「何が?」
「ううん」
明かりを消した部屋で、女と男は向き合っていた。月明かりがふたりをほのかに照らしていた。その薄明かりに照らし出された男の孤独は、哀れなくらい萎んでいた。お世辞にも立派とは言えない。みすぼらしくて、どこかおどおどしているような孤独だ。女の孤独も同じように萎んでいた。しわくちゃで、萎れていて、まったくと言って元気がなかった。女と男は互いの孤独を見比べた。ふたりは一言も言葉を交わさなかったし、お互いに触れようともしなかった。ただ、そうして時間だけが流れた。
ふたりはしばらくそうしていた。女は不意に立ち上がり、まるでもともとそこにいなかったかのようにそこをあとにした。
ひとり部屋に残された男は孤独だった。男は思った。自分はなんて孤独なのだろう、と。
ひとり通りを歩く女も同じように孤独だった。女は思った。自分はなんて孤独なのだろう、と。
男の孤独の大きさは女と出会う前と変わらなかった。女の孤独も同じように、男と出会う前の大きさと変わらなかった。
男は孤独だった。それと同じように女も孤独だった。
そして、ふたりが会うことは二度となかった。
No.361
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