見出し画像

忘却の水

 その頃には正確な天体観測に基づく、精巧な暦が出来ていたので、これが昔々のお話ではあっても、このお話に登場する人々はどのくらい日の出と日没を繰り返すと季節が一巡りするかを知っている。とはいえ、彼らはまだ天動説を信じていたので、その季節の一巡りで地球が太陽の周りを一周することは知らなかったのだけれど。間違っても天動説は無知蒙昧の野蛮人たちの知識ではなく、その当時の最高峰の知識人により系統化されたそれなりに美しいシステムである。それは観測と彼らの信念、自分たちの足元にある大地は不動であり、天体がそれを回っているという信念の間の齟齬を合わせるための苦心があり、それはそれは複雑なものだったのだけれど。
 人々はその繰り返す日々の中に、一つの特異点を設けることにした。任意の一点である。実際のところ、どの一点をとっても、円環するものであれば問題はないのだ。一巡りすれば、どこに点をとろうと必ずそこへ帰ってくるのだから。したがって、選ばれた一点は恣意的に選ばれた一点である。
 人々はその日に、特殊な水を飲むことにした。それがどんな由来なのか、人々は知らなかった。神官たちが、その水の秘密について決して漏らそうとしなかったからだ。神官たちは様々な知識を独り占めにしていたわけだけれど、それはその中でもトップシークレットだった。噂では、それは特殊な製法で、また一年寝かされた上で人々に振舞われるということだった。
 それがどんな製法なのか、人々は知らなかったわけだけれど、その効用についてはすぐに理解した。それを飲むと、気分が昂ったのだ。体が熱くなり、足元が覚束なくなった。しかしながら、効き目が現れるまでには個人差があり、また、昂った気分が向かう先、怒ったり、泣いたりの感情の発露にも違いがあった。ある者は日頃の不満をぶちまけ、当り散らし、ある者は日頃の自分の行いを悔い、泣き喚きながら許しを乞うた。人々は一同に会し、それを飲むのだった。それは凄まじいまでの騒ぎである。耳を塞ぎながら一目散に退散するのが普通の人間の対応なのだろうが、そこは誰もが気分が昂ぶっているのだ。そんな具合なので、誰もその騒ぎは気にも留めないし、むしろ他人の声に自分の声をかき消されまいとあらん限りの力を振り絞り金切り声で会話を交わすようになり、そうなると他の誰かはその音量に負けまいとボリュームを上げ、また他の誰かのボリュームが上がっていくという循環構造。騒ぎは拡大成長の一途をたどるのである。
 このままでは、この騒ぎが惑星全体を包み込み、飲み込んでしまうのではないかと、傍目に見ていると不安になるが、そこはうまく出来ているものだ。ものには限界がある。人々の体力が枯渇するのだ。日の出の頃になれば、眠りこける人の姿も多くなる。起きていたとしても、半睡半醒と言った様子で、もう騒ぐことなどできない。
 そして日が昇る。ゴソゴソと人々は起き上がり、息を呑みながらそれを見つめる。
 そして、不思議なことに、それまでのこと、それは昨夜の乱痴気騒ぎのことも含め、それまでの一年間にあったすべてのことを忘れている自分に気付くのだ。覚えているのは自分が何者であるのかということぐらい。日頃の恨みも、取り返しのつかない後悔も、もちろん人生で一番の喜びも、なにからなにまで忘れてしまっている。それと、あの不思議な水の味。人々はそれを忘却の水と呼び、それを飲む集まりのことを年を忘れる会。忘年会と名付けた。。
 こうして人々は新しい日々を過ごし、一巡りしたらあの水を飲んで全てを忘れるのだ。




No.402


兼藤伊太郎のnoteで掲載しているショートショートを集めた電子書籍があります。
1話から100話まで

101話から200話まで

201話から300話まで

noteに掲載したものしか収録されていません。順番も完全に掲載順です。
よろしければ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?