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悪魔のガールフレンド

 冴えない上に、お金も無いぼくに恋人なんでできるはずがない、もしできたとしたら何か裏があるに違いないと思っていたら、とても可愛いガールフレンドができたのだけど、案の定、裏があった。彼女は悪魔だったのだ。小悪魔ではなくて、純然たる悪魔、三叉矛を手に、尻尾の生えた悪魔である。もちろん笑い声は「イッヒッヒッ」だ。ちなみに、デートの時に三叉矛は持って来ないし、尻尾はうまい具合に隠せて、そうなると普通の人間と変わらないどころか、一般的なレベルよりもかなり可愛い女の子の部類に入る。笑い声は「イッヒッヒッ」だけど。
「別に、契約が取りたくてあなたと付き合ったわけじゃないんだよ」と悪魔の彼女は言った。「本当にあなたのことが好きになったから、付き合ってるの」
 冴えないぼくには、その言葉は麻薬だ。彼女に裏があろうとなかろうと、彼女を信じたくなる。
「でね、あなたのことが好きだから、あなたに幸せになってほしいんだけど、あたし悪魔じゃん。だから、あなたに何かしてあげるとなると、何かを引き換えにしなきゃならないの」
「何かって?」
「たとえば」と彼女は舌なめずりした。「魂とか」
「魂だって」とぼくは生唾を飲み込んだ。さすがに魂を差し出すにのは抵抗があったのだ。何しろ魂である。
 とはいえ、恋に落ちた人間なんていうのは、すでに身も心も相手のものなのだ。ぼくは彼女に魂を捧げた。身も心も、そして魂も。それに、その魂というものが普段どのように機能しているのかいまいちピンと来ていなかったのだ。そもそもそんなものがあることを意識したことがない。もしかしたら、大切なものはそういうものなのかもしれないけれど。無くなって初めてその大切さがわかるものこそ本当に大切なものなのかもしれない。まあ、それは別の話だ。
「これであなたは、あなたの望むもの全てを手に入れられる」と彼女はにっこり笑った。ぼくはその笑顔だけでも充分満足だと思いかけたけれど、それが魂の対価だとしたら、それは少し魂の安売りってものだ。
 ぼくは様々なものを望んだ。地位を、名誉を、金銀財宝、高級車、プール付の豪邸、プライベートジェット、望むもののすべて。望みうるもののすべて。
「なぜあなたはそれを望むの?」と、彼女は毎回ぼくに尋ねた。
「幸せになりたいから」とぼくは毎回答えた。
「幸せになった?」と、望んだものを手に入れたぼくに彼女は決まって尋ねるのだ。その場ではぼくは満足していて、「幸せになった」と答えるのだけれど、しばらくするとその幸福などというものは一時のまやかしに過ぎなかったということがわかってくるのだった。退屈な高級車、退屈な豪邸、退屈な名声。全てとても退屈だった。光り輝いて見えたのは金メッキでしかなかったのだ。退屈な幸せ。
「何を得れば幸福になれるのかを教えてくれ」ついにぼくは彼女にそう願うことになった。
「それがお望み?」彼女は尋ねた。ぼくは頷いた。するとぼくは一瞬でそれを悟った。ぼくが望み、それを得られれば幸せになれるであろうもの。そして、こう呟いたのだ。
「ああ、あの頃は良かった」
 すると、あたりの景色が回り始めた。ぐるぐると回転し、それはどんどん加速し、色が、光りが混ざり合い、あたりが真っ白になったかと思うと、ぼくは冴えないぼくであり、財布を確かめてみるとお金はちっとも入っていなかった。どうやら、「あの頃」に戻ったのだ。
「幸せ?」と、彼女は尋ねた。
 ぼくはしばらく考え込んだ。そして答えた。「うん、幸せだよ」と、ぼくは言い、彼女の手を握った。悪魔の彼女は微笑んでいた。

No.255

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