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ディープインパクト

 ぽくの愛の告白は拒絶されようとしていた。ぼくの言葉を聴いた彼女は、明らかに顔を曇らせた。
「ぼくのことが嫌い?」と、ぼくは尋ねた。それまでの間、友人としてぼくらはかなり仲良くやっていた。親友と言っても過言ではないくらいだったと思う。音楽や映画、読む本の趣味が合っていたし、会話のテンポ、笑いのツボ、金銭感覚その他もろもろ、親友、相棒、ベストパートナー、ふたりの人間の関係性としてはこれ以上無い相性だったと、少なくともその片割れであるぼくは思っていた。もちろん、だからといって恋人同士となるにはまた別の条件があるのかもしれない。それは確かにそうだろう。恋人同士であれば、むしろ少なからぬ齟齬がある方がいいのかもしれない。そう言ったお互いの違いが刺激的なこともあるのかもしれない。どうなんだろう、ぼくにはわからない。ぼくはどちらかと言えばそういう刺激は求めない。たぶん、彼女だってそうだと、ぼくは思っていた。
「嫌いじゃないよ」
「でも、好きじゃない?」
 彼女は黙り込み、俯いた。答えが地面に書かれているかのように。ぼくもそこを見た。彼女が視線を落とす地面を。もちろん、そこに答えが書かれているはずなんてない。ぼくはそうして、彼女の答えを待った。
 しばらくして、彼女は顔を上げた。それは目の前にいるぼくを通り過ぎ、空を見上げ、そしてぼくを見た。
「わたしは」と、彼女は言った。「わたしの大切な人は、みんな死んでしまったの」
 そのことをぼくは知っていた。彼女は両親も、祖父母も、子どもの頃の友人の幾人かも失っていた。事故や病気、様々な人の死ぬ原因で。彼女は寂しそうにそれをぼくに話してくれた。ぼくは当然彼女に同情した。
「わたし、不幸に取り憑かれてるんだと思う」と、その時彼女は言った。
「わたしは不幸に取り憑かれてるの」と、彼女は言った。
「そんな」と、ぼくは言った。「それが理由なの?」
 彼女は小さく頷いた。
「そんな、非科学的な」ぼくは彼女が何か理由をこしらえてぼくを拒絶しようとしているのだと思った。ぼくを悲しませないための嘘?悲しませない?悲しむさ。嘘までつかれ、拒絶される?悲しまない方がおかしい。ぼくは絶望の底に叩き落された。
「非科学的でも」と、彼女は言った。「本当なの。わたしが好きになった人はみんな死んじゃうのよ。お父さんは事故で、お母さんは病気で」
「ぼくは死なないよ」
 彼女は首を横に振る。「呪いなの。わたしは呪われてる。わたしの先祖のせい。人を殺して、それで奪ったお金で、それを元に財を成した。それで呪われた。末代まで、ってやつ。嘘だと思ってるでしょ?」
 ぼくは小さく頷いた。彼女は空を見上げた。ぼくも空を見上げた。空に何か光るものがあった。
「隕石」と、彼女は言った。「わたしが君を好きになると、落ちてくるんだと思う。君を、殺すために」
「落ちて来たら」ぼくは唾を呑み込んだ。「死ぬのはぼくだけじゃなさそうだ」彼女は小さく頷いた。
「呪いなんだよ」と、彼女は悲しそうに微笑んだ。
「それでも」と、ぼくは呟いた。
「それでも?」
「ぼくは君が好きだし、君にもぼくのことを好きになってほしい」
 彼女は泣いた。声を出さずに泣いた。「誰も好きにならないようにしようと思ってた。もう誰も失いたくなかったから」
「ぼくらは恨まれるかな?」
「誰に?」
「世界中の人に。ぼくらのせいで、世界は滅亡しちゃうのかもしれない」
「そうかもしれない」彼女は言った。「でも」
「君が好きだ」と、ぼくは言った。
「わたしも、君が好き」と、彼女は言った。
 隕石が降ってくる。それはぼくらの大地に深く突き刺さるだろう。ぼくらのエゴがすべてを滅ぼすとして、それがなんだって言うんだ。


No.413


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