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誰も悪くはなかった

 その遺跡のある土地は、古くから領土問題の焦点になっていた場所で、それが一応の解決をみた後にも散発的に紛争のようなものが起きていたから、ほとんど人の踏み入れることがなかった。まったく、こんな不毛の地を取り合うなどどうかしているとしか言いようがない。そうした争いごとがなくとも、もとから人の入ることがなかった土地なのである。その遺跡は、周囲から隔絶した場所に生まれた系統不明の文化を持った国のものだった。
 しかしながら、その紛争は、ぼくにとっては好都合だった。そうした具合に、ある意味で誰からも保護される形であったからこそ、そこはぼくの同業者に荒らされることがなかったのだから。
 荒らされる、などと言うと、少し語弊があるかもしれない。別にぼくたちは墓泥棒というわけではない。れっきとした考古学者である。だがしかし、同業者として見てみれば、他の誰かがそこへ足を踏み入れることは、荒らされるに等しい、いや、まさに荒らされるということであったのだ。そこには未知の発見が用意されていた。研究のほとんど進んでいないその国に関して、発見以外が無いくらいだ。ぼくはそれを突き止めていた。ぼくが気付いているということは、他の誰かも気付いていてなんらおかしくない。ぼくは自分を過剰評価するほど自惚れてはいないのだ。ぼくごときが気付くことなら、それに気付く人間はごまんといる。あとはそこへ赴くだけだ。しかし、それにはかなりの危険が伴った。なんだかんだそこは紛争地帯であるし、単純にそこの気候や地勢は人を拒んでいる。損得勘定をした上で、誰もがそこに入ることを躊躇っていた。得るものは多いが、それ以上に失う可能性のあるものが多過ぎた。たとえば、命とか。ぼくは違った。ぼくは名声に飢え渇いていた。そこに行けば、確実にそれを満足させることができるのだ。たとえ、目的を達成するまでに艱難辛苦、実際の激しい飢えや乾きに見舞われようとも、そんな肉体的な苦痛をものともしないくらい、ぼくは手柄を欲していた。
 現地で人を雇い、発掘を行うことにした。現地、といっても、その目的地からはかなり離れている。雇った人々は、先祖代々その土地で暮らしている人たちだったから、もしかしたら、その先祖たちはぼくの目指す土地にいた人々と多少の交渉はあったかもしれない。あくまでも多少の、だ。それくらいその距離は離れている。
 その遺跡の主たちはある日忽然と姿を消した。遺跡を見る限り、かなり高度な文化や技術をもった人々であったにちがいない。少なくとも争いの痕跡は残っていない。出土する人骨には傷一つなく、誰かに殺されたような痕はなかった。あるいは伝染病が流行りでもしたのだろうか。その可能性も低そうに思われる。なにしろ外界と隔絶した土地だ。伝染病も入って来ないのではあるまいか。墳墓に慌てた様子のようなものもない。どの墓も手厚く葬られている。次から次へと死者を埋葬しなければならなかったような慌ただしさのないことから、やはり伝染病ではなさそうだ。いったいなぜここの人々は消え去ってしまったのか。ぼくはその謎が解きたかった。もしそれを解き、発表ができれば、ぼくの名は歴史に刻まれるだろう。考古学者が歴史に名を残したがるなんてのも妙な話かもしれないけれど。
 発掘作業は滞りなく進んだ。順調すぎて恐くなるほどだった。その発掘で、ぼくは一つの碑文を持ち帰ることができた。碑文には文字が刻まれていた。それは系統不明の言語で書かれていた。それを持ち帰ってすぐに、ぼくはその文字の解読に取り掛かった。
 そしてついに、ぼくはそこになんと書かれているのかを解読することに成功した。このことだけでも、ぼくの名は歴史に刻まれるだろう。さて、碑文に書いてあった内容だ。
『誰一人として悪い方向へことを運ぼうとした者はいなかった。みな良い方向へ導こうとした。できるかぎり。悪意を持つ誰かがいたわけではない。誰かが滅亡させようとしたわけではない。それでも悪い方向へ向かうときは、向かってしまうものなのだ』
 どうやらこの遺跡に暮らしていた人々は、これといった原因もなく滅びてしまったらしい。戦争でも、疫病でもない。誰もが良き方向へと思いながら、緩慢に滅亡したのだ。おそらく、ぼくはここから何かの教訓を学びとるべきなのだろうが、それがなんなのかがぼくにはわからない。

No.280


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