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おとなはわかってくれない

 大人たちが困っていた。田舎道で、車が泥にはまって身動き取れなくなってしまったのだ。彼らには一刻を争う用があるというのにもかかわらず。アクセルを踏み込んでもタイヤは泥を撒き散らして空回りするばかり、大人たちの背広を泥で汚しただけだ。まったくと言って脱出できる気配はない。
「まいったな」
 大人たちは頭を抱えるばかり。
 そこにひとりの子どもが通りかかった。年端もいかないような子どもである。汚ならしい身なりにモジャモジャの頭、爪は伸び放題、鼻水を垂らしている。
「どうしたの?」子どもは大人たちに尋ねた。
「タイヤがはまってしまったんだ」と、大人たちのひとりは不機嫌そうに答えた。状況が状況であるから、事実不機嫌であり、子どもの相手などしたくない心持だった。
「ぼくが魔法で助けてあげようか?」子どもは小枝を振り回しながら言った。満面の笑みである。
 大人たちはため息をついた。「誰か大人の人を呼んで来てもらえるかな」
「ちぇっ!ぼくの魔法を見せてあげられたのにな」子どもはそんな風にぶつくさ言いながら大人を呼びに行った。
 そして、その土地の大人たちが集まって来て、みんなで泥だらけになりながらどうにかこうにか車を押し出した。
 また別の大人たちが困っていた。巨大なビルの一室、大人たちが集まっているが、誰ひとりとして口を開かない。大がかりな仕事に失敗し、彼らは身の破滅の危機に瀕していた。大損失、会社自体が倒れるかもしれない。どうにか挽回しようと足掻けば足掻くほどドツボ、いよいよ決定的な局面を迎えることになったのだ。あとはカウントダウンを待つのみである。
「どうしたものか」誰もが頭を抱えているばかりで解決策は出てこない。
 そこに一人の子どもが現れた。
「どうしたの?」子どもは尋ねた。汚ならしい身なりにモジャモジャの頭、爪は伸び放題、l鼻水を垂らしている。
「なんだ小僧。迷子か?」
「困っているなら、ぼくが魔法で助けてあげようか?」子どもは小枝を振り回しながら言った。
「これは大人の問題だ」大人たちは言った。「子どもが口を挟むんじゃない。あっちに行け。誰か、こいつをつまみ出せ」そして大人たちは子どもを追い払った。子どもはぶつくさ言いながらどこかへ行ってしまった。
 またまた別の大人たちは困っていた。各国間の意見が食い違い、誤解が誤解を呼び、武力行使も辞さないという台詞が脅しではなくなっていた。元首たちは互いににらみ合い、引くに引けないところまで来ていた。ここで引いたら男が廃る。というわけで、引けないのだが、実際引かなければお互い破滅だ。
「どうしたものか」
「世界が破滅する」
 そこにひとりの子どもが現れた。
「どうしたの?」子供は尋ねた。汚ならしい身なりにモジャモジャの頭、爪は伸び放題、鼻水を垂らしている。
「おい、子どもが侵入しているぞ!セキュリティはどうなっている?」
「困っているなら、ぼくが魔法で助けてあげようか?」子どもは小枝を振り回しながら言った。
「これは大人の問題だ」その元首は言った。「早くこのガキを摘まみ出せ!」
 そして、子どもは摘まみ出された。
「もう、うんざりだ」通りに放り出された子どもはそう言うと、手にしていた小枝を一振りした。すると子どもは光りに包まれ、姿を消した。
 元首たちは最終兵器の発射ボタンを押し、世界は滅亡した。

No.279

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