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君と私のあなたを探す旅

※この話に出てくる人称代名詞は一見代名詞のように見えるかもしれないが実は全て固有名詞である。

 君は彼に尋ねた。
「あなたを探しているんです」
「あなたがどこにいるのか」と彼は答えた。「知りません」
「そうですか」と君は肩を落として落胆した。彼は君にとっての一僂の望みであったのだ。その一縷の望みも絶たれた。彼ならば、あなたの所在を知っているのではないかという希望を、君は抱いていた。それは何の根拠もない希望だった。君自身、おそらくそのことは自覚していた。それでいて、君はその自覚を無視するように努めた。彼という希望が破れれば、あとは望みがないということに他ならないのだから。つまり、絶望である。君は絶望した。あなたを見付けることはできなそうだ。
「あなたは見付かるさ」と彼女は言った。「大丈夫さ、きっと見付かる」
 君は思った。結局のところ、彼女にとってあなたなど、どうでもいい存在なのであり、だからこそ、君のように思い悩んだりしないのだ、と。
「そうだね」と君は答えた。「見付けるさ」
 手がかりは全く無くなってしまった。君は途方に暮れていた。諦めるしかないのか。しかし、君にその選択はできなかった。君はそんなに諦めのいい人間ではなかった。むしろ執念深いたちであった。諦めの悪い人間であった。君はそんな自分が好きになれなかったが、それまでの自分を簡単に放擲できないほど執念深い人間であった。諦めないのなら、無駄な努力を繰り返す他にはない。だが、それはそれで君を躊躇わさせた。無駄とわかっていることを繰り返すほどの根気を君は持っていなかった。君は君自身が不思議だった。執念と根気はどうやら別のものらしい。
 君はあなたを探すことを、表面上続けた。何のためになのか、それは君自身にもわからなかった。君が諦めたとしても、責める人間などはいないに違いなかった。事実、あなたにそれほどまでに執着しているのは君だけなのだ。誰も責めないだろうし、君が諦めたことに関心を示すことすらしないだろう。しかし、君はあなたを探すことをやめなかった。君は君自身を騙そうとした。そして、君は君自身に騙されることを選んだ。騙す者と騙される者との完璧な共犯関係。君はそこに安住することができた。諦めないふりをし続ける限り、君は何かから許されていた。君は君自身を許すことができた。いったい何を許すというのか、君自身わかっていなかったのだが、君はまた、君自身を許さなければならないことも知っていた。
 日々はそうして過ぎて行った。君は日々を過ぎるままにした。君にとって、そうして日々が過ぎることは好都合だった。君は絶望の中に身を潜め、許され続けた。しかし、安逸の日々突如として破られた。私が現れたのである。
「あなたのいる場所を知っている」と私は君に言った。君は私の発言をどう受け止めたらいいのか戸惑った。喜べばいいのか、驚けばいいのか、それとも悲しめばいいのか。君は私の顔をぼんやりと見詰めることしかできなかった。私は不思議そうな顔をした。「どうした?」
「いや」と君は言った。「教えてくれ、あなたがどこにいるのかを」
 そうして君と私はあなたを探す旅に出た。


No.288

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