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絵本の王様

 絵本の王様は絵本の王様なので絵本の中にだけ君臨していた。絵本の王様はあくまでも絵本の王様であり、それ以外のどこかの王様ではない。絵本の王様の領土はその絵本の中だけで、それ以外、絵本の外には絵本の王様の権力は及ばない。どんなにがんばっても。
 絵本の王様は傍若無人で、残忍で、残虐で、とても猜疑心が強く、人をまるで虫けらのように殺した。普通の人なら虫けらでもあんな風に殺さない。殺されたのはもちろん、絵本の中の住人たち、その領土の中の人々だ。それもそうだろう。なにしろ、絵本の王様の権力が及ぶのはその領土である絵本の中だけだからだ。絵本の王様の手先である軍隊や秘密警察の手にしている鉄砲は、絵本の鉄砲であり、その銃弾の射程距離は絵本の中だけだ。それでは絵本の外の虫けら一匹殺せない。一度だけ、絵本の王様はその領土を拡大しようと侵略戦争をはじめようとしたが、絵本の軍隊は絵本の中から出ることができず、その計画はあっけなく頓挫した。
 絵本の住人たちは絵本の王様を恐れた。それも当然だろう。ちょっとしたことで絵本の王様は人を殺したからだ。ほんの些細な、ちょっとした悪口、言い間違い。もし、そんな悪口が王様の耳に入ろうものなら命は無い。絵本の王様直属の秘密警察はそこら中にいるし、親類縁者でも油断はできない。密告が常であり、密告したものはそれ相応の褒美、出世やかなりの財産を得ることになったからだ。とはいっても、そうして栄達なり一儲けしたものの多くもまた密告され、血祭りにあげられるのがほとんどだったのだが。悪口でなくても、たとえ褒め称えていたとしても、絵本の王様は難癖をつけて首をはねようとするので、絵本の住人たちは王様のことを話さないようにした。それならそれで、また王様は難癖をつけるのだ。
「朕のことが話題に上らないということは」と、絵本の王様は言う。「朕を敬愛していないということだ。そんな民がいるだろうか」
 そして、手当たり次第にひっとらえ、拷問し、殺してしまう。
 とにかく絵本の王様はたくさんの人を殺した。考え得るやり方全て、まさかと思うようなやり方でまで。
 残念ながら、そんな王様いらない、という英雄は現れなかった。どうやら、その絵本には英雄がいなかったようだ。
 そして、絵本の王様はまた人を殺した。
 しかし、これは絵本の中の出来事。なにしろ、絵本の王様の領土は絵本の中であり、絵本の外には出られなかったのだから。
 子どもたちはこの絵本が大好きだった。絵本の人々が絵本の王様に火あぶりにされ、くし刺しにされ、首をはねられて、その首がコロコロと坂を転がり落ちていく様を息を呑んで見た。絵本の王様が血塗られた剣を高らかと掲げる。子どもたちは怖気をふるってその様を見た。そして、夜にはそれを夢の中で見た。夜中に尿意で目が覚めても、暗がりから絵本の王様が剣を手に現れやしまいかと怖くてトイレに行くことができず、結局おねしょをしてしまうようなことすらあった。そんなに怖い思いをしたにもかかわらず、こどもたちはその絵本を何度も何度も繰り返し読み、繰り返しページをめくり、そのためぼろぼろになって、最後には絵本はあっけなく捨てられた。


No.463


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