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星のかけらの子どもたち

 突然静かになって、ぼくは恐る恐る顔を上げ、そして立ち上がった。頭の上をうるさく飛んでいた爆撃機も、雨のように降り注いでいた爆弾も、まるで夢だったみたいに消え失せていた。それだけではない。あたりには何一つ無かった。見渡す限り焼け野原だ。ぼくの家も、友だちの家も、工場も、お父さんが勤める役所も、ぼくらの学校も、何も無い。所々から上がる煙、その臭いは現実味が無かった。
 足元を見ると、人が横たわっていた。眠っているようだけれど、それは死んでいた。息をしていない。最初それが誰かわからなかったけれど、しばらく見ていて気がついた。それはぼくだった。ぼくは死んだのだ。なんだかちょっとホッとした。もう爆弾の降ってくることに怯えなくてもいいんだ。
 ぼくはハッとした。彼女は?彼女も一緒にそこへ逃げ込んだのだ。ぼくは慌てて彼女を探す。ぼくの死体のすぐ近く、彼女は横たわっている。その口元に耳を近づける。彼女は息をしていなかった。涙が溢れてきた。ぼくはその場で座り込み、顔を覆って泣いた。ぼくは彼女のことが好きだったのだ。幽霊になってしまったのなら、いくら泣いても恥ずかしくないだろう。ぼくはおいおい泣いた。泣いて泣いて、それでも泣いていると、誰かがぼくの肩に手を置いた。彼女だった。
「死んじゃったの?」
「うん」
「わたしも、あなたも?」
「うん」
 とても静かで、とても晴れた朝だった。たぶん、セミもみんな殺されたのだろう。いつもなら激しく鳴きわめくセミの声が一つも聞こえない。入道雲がもくもく立ち上がる音が聴こえそうだった。ぼくらはそれを見ていた。青の中に白が膨らんでいく。彼女の絵の具で作ったきれいな青を、ぼくが台無しにしたのを思い出した。なんであんな意地悪をしたんだろう。
 ぼくは立ち上がると、彼女に手を差し出した。「行こう」
「どこに?」
「わかんない」
 生きていた時なら、ぼくは彼女と手を繋いで歩くなんて恥ずかしくてできなかったろうけど、死んでしまえば恥ずかしくもなんともない。手を繋ぐ。彼女に触れられたことにホッとした。幽霊だから、相手に触れなかったとしても不思議はない。
 焼け野原には焼け焦げた死体がゴロゴロ転がっていた。それを見ると息を呑んでいたのが、次第になにも感じなくなった。人影を見かけたけれど、それが生きている人なのか、死んだ人なのかはわからなかった。
「どうして」彼女が言った。「こんなことになっちゃったんだろう?」
 ぼくはなにも答えなかった。答えがわからなかったからだ。答えがわかったところでどうしようもないからだ。「何か歌わないか?」と、答えの代わりにぼくは言った。答えの代わりになるかわからないけど。
「なにを?」
「なんでも」
 そうしてぼくらは歌い始めた。思いつく歌を片っ端から歌った。歌い尽くすと、一度歌った歌をまた歌った。二度、三度、何度でも。歌えなくなるまで。もしも歌が歌えなくなったらどうなるんだろう?それが怖くて、歩いて、歌い続けた。気づくと夜になっていた。
「見て!」彼女が声を上げた。「ほうき星!」
 夜空に彗星が浮かんでいる。それはひときわ大きく、まるでぼくらを待っているようだった。ぼくらは顔を見合わせ、うなずき合うと、高台に駆け上り、彗星の尾っぽに飛びついた。
「どこまで行くの?」ぼくは彗星に尋ねた。
「宇宙の果てまでさ」彗星は誇らしげに言った。「ひとっ飛びさ。一緒に行くかい?」
 ぼくは彼女の顔を見た。答えはわかりきっていた。
「行く!」
 そう答えるのが早いか、彗星はビュンと飛んで、あっという間に銀河の中、きらめく星があたりを包んだ。それはつい手を伸ばしたくなるくらいキラキラきれいだった。
「赤い星はよした方がいい」彗星は言った。「渋くて美味しくないから。青いのを取ってごらん」
 ぼくと彼女は手を伸ばし、青い星を取るとそれをかじった。これまでに食べたどんなお菓子や果物よりも甘くて美味しかった。ぼくらは夢中でそれにかじりついた。そうしているうちに、あたりが真っ暗になった。
「ここは?」
「宇宙の果てさ」彗星は言った。「ここでおしまいだ」
 もう歌は歌えない。ぼくらは消えてしまうのだろう。
「君が好きだよ」ぼくは彼女に言って、彼女は「うん」と言って、ぼくの手をぎゅっと握って、ぼくらは幽霊かもしれないけれど、確かに彼女は存在していて、それは間違いがなかった。
 言えて良かった。
 ぼくらは、星のかけら。巡り巡って、また出会うだろう。

https://youtu.be/sjK0xh-N_hk

No.242



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