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そいつが死んだのは連休の最終日

 そいつが死んだのはぼくがそいつに「死ねよ」と言ったからではないとぼくは思う。そんなことで人が死ぬものか。ぼくの一言なんかで人が死ぬものか。
 そいつが死んだのは連休の最終日、次の日は学校、という日の夕方だったらしい。その前日には家族でゆっくりと過ごしていたという。どこかのファミレスで夕食をとったとか、そんな冴えない感じだとかいう。そして、その翌日の夕方、両親の外出中にそいつは首を吊ったのだそうだ。
 ぼくはこれらを伝聞としてしか語れない。しかも、これらの信憑性は噂話の域を出ない。なぜなら、そいつの死んだことの細々としたことは担任から明かされなかったからだ。
 ホームルームの時間のことだ。暗い顔をした担任は、ただそいつが死んだことをぼくたちに告げた。あまり多くの情報は開示されなかった。担任がぼくらに話したことは、二つだ。
 一つ、そいつが死んだ。
 二つ、ぼくたちはそれを悼まなければならない。
 以上。
 教室は静まり返った。みんなどう反応すればいいのかわからなかったのだろう。もしかしたら、その日そいつが学校に来ていないということにそこで初めて気付いた奴もいたかもしれない。
 そいつは影の薄いやつだった。ぼくは部活が一緒だったのだけど、経験者だったぼくと、全くの初心者だったそいつとには、決定的なランクの違いがあった。主人公とその他大勢。ぼくがそいつと仲良くなるなんてのは不可能だった。もし、フランクにでも話しかけてしまえば、ぼくは自分の慈悲深さに驚かなければならなかっただろう。そいつは底辺、ぼくは上位の人間だからだ。そんな感情、慈悲深さなんて感じながら人付き合いをしたくはない。ぼくは対等の友人しか持ちたくなかったからだ。
 部活の練習も、完全に別のメニューだったから、ぼくとそいつには接点がなかった。クラスでも目立たなかったから、ぼくの興味を惹くことなんてなかった。ぼくの人生と、そいつの人生は交わることなんてあり得ないことだったのだ。しかし、物事はひょんなきっかけでガラリと変わるものみたいだ。きっかけはぼくの仲間たちの誰かが言ったこんな言葉だ。
「あいつホモなんじゃね?」
 そいつは確かにナヨナヨしてたし、同じように大人しくて影の薄い奴と四六時中一緒にいた。今思えば、同種の人間がいて居心地が良かったのかもしれない。だけど、どう見てもホモのカップルだったのだ。本物のホモのカップルを見たことはないけど。
「おいホモ野郎」
「気持ち悪いんだよ」
 そいつは曖昧に笑うだけだった。苦笑と媚びの混じった笑い。
「気持ち悪い」
 それからぼくたちはそいつをホモと呼び、ホモとして扱い、ホモと罵った。そいつは反論も反抗もしてこなかった。ぼくらはそれがつまらなかったし、面白かった。本気で反撃されたら、ぼくたちは多分ビビってしまっただろう。そいつは確かに困っていたのだけど、ぼくたちに反撃ができない。ぼくたちはそいつのそういうところにつけこんだ。ぼくたちは刺激を求めてどんどんエスカレートしていった。ぼくたちは罵りそして笑った。
 そして、ぼくがあの言葉を放った。「気持ち悪いんだよ。死ねよ、ホモ野郎」
 連休があって、それが明けるとそいつは本当に死んでいた。その放課後、ぼくたちは担任に呼び出された。ぼくたちは理解していた。そいつの死についてだ。
 廊下を歩いている時、誰かが呟いた。「内申書に響くかな」
 誰もそれに答えなかった。ぼくは自分の足音だけを聞いていた。

No.336

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