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甲冑の王様

 ある日のこと。
「甲冑が欲しいな」王様はポツリと呟いた。なぜ甲冑が?そんな問いは必要無い。王様が欲しいと言えば、それは必要であり、一もなく二もなくそれを持ってくるのが側近たちの仕事だ。長く平和の続いた時代のことである。近隣諸国とは友好的な関係が築かれていて、戦らしい戦もなく、気候もずっと良かったので豊作続き、農民たちが反乱を起こしたり、宗教関係でいざこざが起きたりもしない。とにかく平和で、奇跡のような時代だった。もちろん、この王様が戦に赴いたことはないし、結局赴くこともなかった。戦自体が無いのだから当然だ。それなのになぜ甲冑を?という問いは当然家臣たちの脳裏に浮かぶわけだが、それは瞬時に消去される。陛下がご所望である。理由はそれで充分だ。
「早急に手配いたしましょう」と、宰相は王様に答えた。
 平和な時代が続いたものだから、武器や防具を作る職人はいなくなっていた。ノコギリや包丁、鍋やフライパンを作る職人に鞍替えしていたのだ。いい時代である。しかし、宰相は頭を抱えた。国中をくまなく職人を探し、少しでも可能性のありそうな者たちを見つけ、それでも「それは私めには無理な仕事かと」と渋るものだから報酬をたんと弾み、それでも首を縦に振らないとなると脅しにかかった。平和な時代である。脅し文句も迫力が無くなってはいたが、脅される方も慣れていない。「そ、そ、そ、そんなこと言ってると、あれだぞ!」と声を荒げただけでどうにか了承させた。
 と、そこまでは良いにしても、そこは王様が身に付ける甲冑なわけで、生半可なものはもっての他だし、並でも相手にされない、上等のものだってまだ足りない。特上の特上、並ぶものの無い、天下無双のものでなければならない。宰相はそう判断した。そこで、一流の芸術家たちをを呼び集め、甲冑のデザインをさせた。もちろん、甲冑などとは縁のない人生を歩んできた芸術家たちである。しかしながら、一流の芸術家だ。彼らの描き出した図面は、華麗かつ荘厳かつ偉大な甲冑の図面として出来上がった。
「すばらしい!」宰相は小躍りした。小躍りした宰相はその踊る足で図面を前述の甲冑作ることになった鍋職人たちの元へ持って行った。
「この図面の通りの甲冑を作ってくれ」
「ははぁ」とひれ伏しながら図面を受け取る鍋職人たち。宰相が引き上げ、図面を開いて見ると仰天した。
「なんじゃこりゃ!」
「馬鹿デカイな」
「ああ、それにこんなに無駄な装飾がついてる」
「これじゃ重くてしょうがないぜ」
「こんなもの、着て動ける人間がいるのかね?」
「いや、王様はとんでもない巨体の怪力にちがいない」
「うむ、そうかもしれない」
「なにしろ、王様だ」
「そうだ、王様なんだからな」
 職人たちは王様の姿を見たことが無いのだ。なにせ住む世界が違うのだから、それも仕方のないことだろう。こののちも、彼らは王様の姿を見ることはない。それは歴史的事実だ。まあ、そういうものだ。
 さて、作業は順調に進み、納期通りに仕上がった。そしてそれは王様の元へ。王様は小躍りし、胸まで躍らせながら、早速甲冑を試着することにした。ところがどうにも身体に合わない。ブカブカで、明らかに寸法がおかしい。まるで子供がふざけて甲冑を着たような状態で、その上それはやたらと重くて身動きできない。それどころか、押しつぶされてしまいそうである。
「なんだこれは?ブカブカだし重すぎて身動きできない!とんでもない失敗作じゃないか!」王様は宰相を罵倒した。
「いえいえ」宰相は首を横に振る。「王様の権威を誇示するにはこれくらい華麗で荘厳で偉大な甲冑でなければなりません」
「しかし、役に立たない甲冑に意味は無いだろう?」王様は首を傾げた。
「戦などありません。使えるか使えないかは関係ありません」宰相は首を横に振った。
 それから長い時間が経過した。王様は死に、宰相もこの世を去った。甲冑を作った鍋職人たちも、それぞれの人生に幕を降ろした。
 そうして、平和な時代が終わり、戦が続き、農民反乱が起き、宗教戦争があって、国は弱体化、あっという間に隣国に攻められ、侵略され、その国もまたその隣国に侵略され、ということが続いた。その間、王様の甲冑は城の奥深くにしまわれていた。そうしてそこは荒れ果て、そこが城であったことを覚えている人間もいなくなってしまった。
 ある日、そこがちょうど高速道路の通る場所だったということで掘り返され、王様の甲冑が出て来た。
 その甲冑を見上げた人々は驚いた。「こんな甲冑を着る人間はきっと怪力の巨体だったにちがいない」誰もその甲冑の由来を知る者はいなかったし、歴史家たちのおざなりな調査もそれを突き止めることはできなかった。
 そして、甲冑はとりあえず歴史的なものとして、博物館に展示されている。人々は巨大なそれを甲冑の中の甲冑、「甲冑の王様」と呼んだ。


No.392


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