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新しい朝が来た

 彼らがその朝が古びてもう使い物にならないことに気づいたのはすでに夜明けの近い時刻になってのことだった。
「まずいな」
「ああ、まずい」そして、腕時計を見る。決断しなければならない。古びた朝を無理矢理迎えるのか、それとも急拵えであっても新しい朝を作るのか。
「俺たちだけで?」
「できるか?」
「ふたりで?」
「いまから誰かを呼ぶことはできないだろう。できるか?」
「わからない」もう一度腕時計を見る。「でも、迷ってる時間もないぞ」
 新しい朝を作るのなら古びた朝は壊さなければならない。朝がこの世にふたつあるわけにはいかないからだ。そこで、ふたりは倉庫から工具を持ってきて、慌ただしく朝の解体作業に取り掛かった。彼らはそれなりのベテランだったから、テキパキと作業を進めていったのだけれど、なにしろ解体するのは朝だ。工程の数は限りが無いし、なかなかの難所だっていくつもある。黙々と、手を休めずに進めていく。腕時計を見る。頭の中で計算する。あの作業に何分かかる、これには何分、あそこで何分、あそこで少し時間を稼げるかもしれない。コンビネーションだって完璧だ。必要な工具をやり取りし、ひとりの手に余るようなところはすぐさま自分の作業の手を止め、相棒のサポートに回る。そうして、古びた朝を解体し終えた。
「終わった」
「いや、終わりじゃない」
 終わりではない。新しい朝を作らなければならないのだ。また腕時計を見る。そして、世界を見る。世界をくまなく見る。
 どこかで「大丈夫、明けない夜は無い」という会話が交わされている。明けない夜はあるのだ。彼らが新しい朝を作らなければ。もしも彼らがそこですべてを投げ出してしまったら、明けない夜は無いことを信じる人たちはどうなるのだろう?もしかしたら、絶望してしまうのではないだろうか。
「ふう」と、ひとつ息をつく。「やるか」
「やろう」
 そして、今度は新しい朝を作る作業に取り掛かる。目の前にはバラバラに解体された古びた朝の残骸がある。使える部品と使えない部品を仕分けし、使えないものに関しては新しいものを用意し、補修が必要なものは補修し、組み立てのしやすいように配置する。準備が整い、作業を開始する。それはある種の達人技で、一切の無駄はなく、ふたりの連携は息が合い、あたかもふたつの肉体を持つひとつの生き物のようだ。腕時計を見る。気分が高まって来ている。疲れもなにも感じない。そして、新しい朝が出来上がる。
「できた」
「ああ、できたな」
 ふたりで自分たちの仕事である朝を眺める。どこかに間違いがないか、いたらない部分がないか。そして、すべてチェックを終えて、それを送り出す。朝が来る。世界に朝が来る。新しい朝が来る。
「良かった」
「ああ、良かった」
「めでたいな」
「本当にめでたいな」
「おめでとう」
「誰に?」
「うーん、世界に?」
「夜が明けておめでとう」
「うん、夜が明けて、おめでとうございます」
 新しい朝が来た。


No.403


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