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神待ち

 神待ちしていたら神が来た。正真正銘、まごうことなき神だ。神ってあの神。本物の神。わざわざその証明をするまでもない。なにしろ全知全能の神である。わたしにそれを信じさせるなんてことはわけのないことだ。神のその姿を見た瞬間、わたしはそれが神なのだとわかった。理屈や論理は一切抜き。わたしは息をついた。
「あんたを待ってたんじゃない」わたしは言った。
 神は肩をすくめた。
 スクランブル交差点の信号が青になり、人々が歩き始める。足音、足音、足音。交わされる言葉、言葉、言葉。笑い声、笑い声、笑い声。駅の改札口から吐き出される人波、待ち合わせ相手を見つけて駆け寄る人、笑顔、目障り、耳障り。
誰も彼もがどこか行くあてがあって、待っている誰かがいる。どこか、誰かへ向かって、誰もが進んでいる。あるいは、それは別に望ましい場所ではなかったとしても。
 チカチカと明滅して夜の街を照らす巨大モニターの広告。繰り返し繰り返し、たぶん何万回か、何億回か、何兆回か繰り返されて、あるいは無限に繰り返されて、わたしはもうそれを見飽きている。アイドルがにこやかになにかを勧めている。何度見ても、わたしにはそれが理解できない。
 わたしはそこで、誰かを待っていたような気もするし、誰のことも待っていなかった気もする。SNSに書き込みはしたけど、なにかを期待なんてしていなかったし、そんなのクソ馬鹿馬鹿しいことだってのは自分でもわかってた。わたしみたいなクソガキは、食い物にされるのが関の山だ。そこに奇跡を信じるほど絶望していなかったし、絶望を信じられるほど賢くもなかった。
 残念ながら。
 わたしには行くあてがなかった。それは確かなことだ。わたしを待っている誰かもいなかった。それも確かなこと。たぶん。
「じゃあ」と、神は言った。「君はそこでなにをしていたの?」
「少なくとも」と、わたしはため息をつきながら言った。「あんたを待っていたのではない」
 神は鼻で笑った。全知全能の神だ。哀れな小娘のたわ言を鼻で笑うなどわけないことに違いない。
「なにしに来たの?」わたしはポケットに手を突っ込みながら尋ねた。
 神はニヤニヤと笑っている。
「わたしを救いに来たの?」
 まだニヤニヤと笑っている。ぶん殴ってやりたくなる不快な笑みだ。
「それとも罰しに来たの?」
 神は肩をすくめた。「罰されるような罪を犯したのかね?」
 わたしは神を睨みつけた。神はわたしをじっと見つめた。
「ねえ」わたしは言った。「今晩、泊めてくれるの?」
 神は鼻で笑った。わたしはため息をついた。 
「誰も」わたしは言った。「あんたのことなんて信じてないよ」
「少なくとも君は」と、神は言った。「信じているんじゃないかね?」
「あんたのことなんて大嫌いだ」わたしは言った。
「君はなにに怒ってるんだい?」神はそう尋ねた。
「なにに?」
「なにかに?」
「わからない」わたしは答えた。もちろん、それは答えになっていなかった。
「わからない?」神は首をかしげた。「自分のことなのに?」
「そう、わからない。わたしのことでも、わたしにもわかはない。わかる人なんて、どこにもいない」
「神のみぞ知る、かい?」神は笑いながら言った。
「あんた、神だけど知らないでしょ」
 神は肩をすくめた。
 わたしは神の目の前に立った。ポケットに突っ込んでいた手を素早く引き抜いた。そして、その手を神の胸のど真ん中に叩きつける。わたしの手に握られていたのは、護身用のナイフだ。
 神の胸からは血が流れたりはしなかった。だけど、神はそのまま仰向けに倒れた。
「君は神を殺した人間になったな」神は言った。
「あんたは神で、全知全能なのに、こうなることがわからなかったの?」わたしは尋ねた。
 神は答えなかった。神は死んでいたからだ。
 どうやら、神が死んでも世界は続くらしい。
 わたしは、そこでなにかを待ち続けるのだろう。

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