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これはゲームではない

 戦況は泥沼といってよかった。敵のゲリラ的急襲はいつどこから現れるのかわからず、そんなプレッシャーに心を病むようなものもあらわれていた。
 そんな折り、ジャングルを行軍していると銃撃に遭った。完全に待ち伏せをされていたらしい。オレともう一人を残して、あっと言う間に殲滅された。かなりの手練だ。敵は撃つとすぐに移動しているのでいったいどこにいるのか、どこから撃たれるのか皆目見当もつかない。音も無く移動する。敵方に何人いるのかさえ予測のつけようがない。まるで幽霊を相手に戦っているようで、為すがままといった具合だ。
「死ぬのか?」唯一生き残った仲間は震えていた。
「そんなことを考えるな」オレは言った。「生きることを考えろ」
 その間にも銃撃は続く。遮蔽物の陰に入って一息つけるかと思えばまた銃撃が違う方向から始まり、逃げることになる。現実的に見て、無事にその状況から逃れ出ることなど不可能に思えた。
 気づくとオレの仲間は棒立ちになっていた。声をかけようとした瞬間に銃声がし、そいつは倒れた。そして、残るはオレ一人になった。
 やつらは手を緩めようとしなかった。銃弾がかすめることも一度や二度ではなかった。オレはかろうじて生きていた。別にオレの能力が他の死んだ仲間たちより抜きん出ていた訳ではない。オレにだけ、たまたま命中しなかっただけのことだ。オレはツイていた。ただそれだけだ。
 どこをどう走ったかまるで覚えていない。とにかく生き残れる可能性が高いと思われる方向に向けて一目散に走った。物陰に飛び込み。敵のいると思われる辺りに銃をぶっぱなした。手応えは全くなかった。弾の無駄遣い以外のなにものでもないとは、今になれば思えるが、その時はただ夢中だった。生き残るために、その瞬間一縷の望みでも感じられるのならそれにかけた。
遂にオレの弾は切れ、武器と言えばナイフくらいのものになった。万事休すか、と一瞬頭を過ぎったが、それでも諦められなかった。生きている限り、生きてやろうと心に決めた。
 それでも、オレがボロボロであるという事実は厳然とそこにあり、客観的に見ればあとはトドメを待つだけに思えたことだろう。
 最後までオレはツイていた。それは相手のミスだったに違いないが、考えようによってはオレがいつまでも諦めなかったから起きたミスだとも言えるかもしれない。まあ、それはよく言いすぎだ。完全に相手のミスだ。オレは運が良かった。
 ヨロヨロと走っていると、急に目の前に人影が現れた。その挙動から、相手も驚いているのが見て取れた。かわすまでの余裕は無く、ぶつかりもつれあうように倒れた。
 最初、その華奢な体つきから、それは女だと思った。こんなジャングルの真ん中に女が何をしているのか訝った。次には自分は幻覚を起こしているのではあるまいかと思った。最後に自分はもう死んで、天国か地獄か、死後の世界で女に出会ったのではあるまいかと思った。
 全て違った。ぶつかった相手は年端もいかない男の子だった。子どもだ。しかし、迷彩服を着込み、手には機関銃が握られている。そこで理解した。これがオレを追い立てていたあの敵なのだと。
 満身創痍とはいえ、取っ組み合いになれば負けなかった。さすがに腕力では子どもに負けない。あっと言う間に組み伏せ、その子どもの喉元にナイフを突きつけた。
「お前の仲間は助けに来ないのか?」
「ボク一人さ」子供は笑った。「あんたらはボク一人にやられたんだ」
「やられてない」オレは言った。「オレがいる」
「なんだよ」子供は顔をクシャクシャにして泣き出した。「ちくしょう。あと少しでハイスコアだったのに、邪魔するなよ」
「これはゲームじゃない」
「だから?」
「お前は人が死ぬことをなんだと思っているんだ?」
「死ぬってなんだい?」子どもは不思議そうな顔で尋ねた。
ナイフが子どもの首に触れ、真っ赤な血が滴り、地面に落ちた。子供はニヤリと笑った。


No.577


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