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砕け散った世界を

 ある朝、人々は轟音と大きな衝撃で目を覚ました。目を覚ましたというのは些か正確さを欠くかもしれない。人々はそれのせいで飛び起きたのだ。家はギシギシと軋んでいるし、あまりの大音響に耳鳴りがしているような有様だった。大地を揺るがすようなそれは、地震だろうかと思われたが、それではあの耳を聾するような轟音の説明がつかない。なにかが爆発したのか。爆発するようなものがあっただろうか。人々は恐る恐る各々の家を出ると、轟音の聞こえてきた方角を見た。あかつきの空に、一筋の煙が上がっている。おそらく、それがあの轟音と衝撃の原因に違いあるまい。人々はそう確信した。そして、男たちは武器になりそうなものを手に、そこに近づいていったのだった。
 近づくにつれて、焦げ臭いにおいが鼻をついた。なにか、飛行機か、そういったものが墜落でもしたのだろうか。煙の上がる場所へと近づくと、残骸があちこちに散らばっている。やはりなにかが落ちてきたのだ。しかしながら、それがなんなのかは誰にもわからなかった。残骸は様々なものだった。とても美しい欠片もあれば、目をそむけたくなるような醜いものもある。どう見ても正しいものもあれば、嫌悪を催させるような悪いものもあった。機械のようなものもあるし、そうでないものもある。幸せがあり、不幸があった。しかしながら、どれも粉々になっているので、それが本来はどのようなものだったのか、見当もつかない。
 そこに、長老がやって来た。長老はその残骸を一目見るなりこう言った。
「これは」と、長老が言い、人々は息を飲んだ。「世界のようだな」
「世界?」
「そう、この世界だ。我々のいるこの世界が墜落し、粉々に砕け散ってしまったのだ」
 人々はあたりを見渡し、納得した。なるほど、確かにこれは世界の欠片なのかもしれない。
「そうなると」と、人々は口々に言った。
「これをこのままにしておくわけにはいかないだろう」
「我々の手で」
「直さなければ」
 もっともなところである。なにしろ、それは彼ら自身の住まう世界なのである。それが粉々に砕け散ったままで良いわけがない。人々は総出でその欠片を拾い集め、それをもう一度作り直そうと躍起になった。もちろん、それは簡単な作業ではなかった。まず、その量が多い。世界の欠片である。当然だろう。墜落の衝撃でかなり広範囲にそれは散らばっていた。それを集めるだけで一苦労だし、集めたものの多さも尋常ではない。そして、それは見事に粉々になっていた。どこをどうつなぎ合わせれば元の世界に戻せるのか、見当もつかないほどだ。ああでもない、こうでもないと言いながら、とにかくつなぎ合わせてみる。上手く行ったと思っても、さらにそれを他の部分とつなぎ合わせようとすると齟齬が出る。無理やりくっつけようとすると、脆いものだと壊れかねない。壊れるとことだ。
 こうして人々は苦労しながらも世界を直そうとした。しかしながら、醜いもの、悪いものを排除しようとするのは人情なのだろう。その残骸の中の、醜いもの、悪いものは脇によけて、それを直そうとしたのだ。
「この方が」と、誰かが言った。「世界は前よりも良いものになるに違いない」
「そうだ、そうだ」
 こうして、長い時間をかけ、人々は砕け散った世界を直した。醜いもの、悪いものの無い、美しく正しい世界を。
 その世界は、前の世界よりも美しく正しかったけれど、窮屈で、息の詰まるような気がした。


No.432


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