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不老不死

 わたしが時間旅行を繰り返し続けたのには理由があった。なにも好奇心を満たすためだけに様々な時代を訪れたわけではない。わたしは探し求めていた。不老不死の技術を。
 時間旅行の技術が確立された時代においても、不老不死はまだ夢のまた夢だった。人々は死すべき定めに従う以外になかったのだ。
 わたしはそれを恐れていた。死。それを恐れるのは全人類に共通なのではあるまいか。数千年前から、権力者たちはその栄華を永遠にしようと、不老不死の霊薬を求めたものだ。権力者に限ったことではない。医療技術の進歩だって、結局のところ死を出来るだけ遠ざけることが目的だったのだろう。
医療技術の進歩はまさに日進月歩だ。いつかその歩みは究極の目標、不老不死へと到達するに違いない。わたしはそう考え、その技術を探して未来へ未来へと旅行を続けたのだ。
 兆しはすぐに見付けられた。再生医療の進歩だ。それを追って行くが、なかなか不老不死までは到達しない。失われた手足を元に戻すことや、駄目になった臓器を取り換えることならできるようになっていったが、そういった医療を受けた人間でも、時が経てば死が訪れた。不老不死にはならなかった。しかし、どの時代でも、その期待は高まっていて、それは近い将来達成されるだろうという見通しが立てられていた。
 わたしは苛立った。一体いつになったら不老不死の技術が発明されるのか。
 わたしは思い切って遥かかなたの未来へと飛ぶことにした。それは禁じられた行為なのだ。あまりに危険が大き過ぎる。遥か先の未来へ飛ぶのは、環境の変化が大きくなる可能性が高く、場合によっては地球が存在しないかもしれないし、それは極端にしても、どのような政治状況にあるかが不透明なため、また文化がどのようなものかがわからないので、危険が多いのだ。
わたしはその禁を犯した。不老不死のためだ、仕方ない。
 わたしの生まれ育った時代から遥か隔たった時代に、わたしは降り立った。道行く人に話し掛けてみたところ、言語の変化はそれほどなさそうだ。しかるべき場所へと赴き、わたしは来意を告げた。
もちろん、この時代の人々にとって時間旅行は当たり前の技術なので、過去から人が来ても誰も驚かない。
「なるほど」とその人は言った。「わかりました。あなたの期待通り、この時代では不老不死の技術が完成しています」
「ああ、ついに辿り着いた。お願いします。わたしを不老不死にしてください」
「いいでしょう」その人は言った。「では、この契約書を読んだ上でサインをしてください」
 差し出されたのは膨大な書類の山だ。とてもではないが、全部に目を通すことなどできそうにない。もしも真面目にそんなことをやろうと思ったら、一月ほどかかるのではないか。
 わたしは逸る気持ちが抑えられなかった。ろくに読みもせず、契約書にサインをしていった。
「では、これで契約完了ということで」
 わたしは小さな部屋に通された。そして、意識を失った。
 気付いた時にはベッドに横たえられていた。
「目が覚めましたか」
 わたしは自分の手を見詰めた。これが不老不死の人間の体だろうか。わたしは自分になんの変化も感じなかったのだ。
「不老不死になったのですか?」
「ええ」その人は微笑みながら頷いた。「信じられませんか?」
「ええ」わたしは頷いた。
 その人はわたしのベッドの脇にある机を指差した。拳銃が置いてある。わたしは恐る恐るそれを手に取った。そして銃口をこめかみにあて、引き金を引いた。わたしは生きていた。
「不老不死だ」
「少なくとも、不死なのは証明されましたね」その人は微笑んだ。
 その人に送られ、外に出ると、葬列が前を通っていた。わたしは不思議に思った。不老不死の技術があるのにも関わらず、なぜ人が死ぬのだろう。
「あれはお金持ちです。我々の時代には、お金持ちしか死にません」
「なぜ?」わたしは急に恐ろしくなってきた。
「契約書を読んでいただけばわかったと思いまずが、不老不死になった方には働く義務が生じます。あなたはこの時代について詳しくご存知ないわけですから、少し説明いたしますと、
 我々は人口の減少に悩んでいました。それは労働力の減少とも等しいわけですから。出生率は下降の一途でした。誰もが産まれたところで不幸になるだけだと考えていたので、子供を作らなくなったのです。とはいえ、必要最低限の労働力は必要です。なぜならそれは必要なのですから。そこで、入ってくるものが減ったのなら、出ていくものを減らすしかない。そこで、不老不死の技術が開発されたのです。永遠に働く労働力として」
「では、わたしは」と呻いた。「永遠に働かなければならないのですか?」
「いいえ」とその人は首を横に振った。「契約を解除することは可能です。しかし、そのためには莫大な違約金が発生しますが」
 その額は天文学的な数字で、その時代の通貨の価値に明るくないわたしにでも払うのが困難な、あるいは不可能に近いことがわかった。
「大丈夫」その人は言った。「あなたには永遠の時間があるのです。働き続ければ、いつかは払うことができるでしょう」




No.216

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