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空の王国

ある日、人々は空を見上げて驚いた。男が空を登っているのだ。それは空を飛ぶのとは違う。そんなものなら、鳥や飛行機が簡単にやって見せるから、人々だって見慣れている。そんなことなら驚いたりしない。
男は山でも登るように、一歩一歩踏みしめながら空を登っていたのだ。最初は覚束無い足取りで、見ているこちらがハラハラするようなものだったが、慣れてきたのか、人々の真上、天の頂きに来る頃にはスタスタと地面を歩くのと変わらない様子で歩いていた。
「おーい」人々は男に手を振った。男もそれに答える。「どうやってそんなところに登ったんだね?」人々は男に尋ねた。
「あっちの方の」男が指差す。「木の上からさ」
それは何の変哲もない木だった。だが、しかし、確かにここから空に登ろうとした者がいなかったのも事実だ。人々は何事もやってみなければわからないということを学んだ。
人々の中から、その木から空に登っていく者が何人も出てきた。彼らも最初は覚束無い足取りだ。しかし、じきに空の歩き方に慣れ、男がいる辺りまで行く頃には普通に歩けるようになった。男はといえば、雲を使って何かしている。
「何をしているんです?」後から空に登った人々は男に尋ねた。
「線を引いているのさ」男は近くに漂う雲を掴むとちぎり、手で捏ねて紙撚りのようにして並べた。「ここからは俺のもんだ。勝手に入って来るんじゃないぞ」
人々は口々に不平を洩らした。しかし、男は聞く耳を持たない。
「俺がここに来る方法を見つけたんだ。俺がいなければお前たちは何もできなかったじゃないか」
そう言われると言い返す言葉もなく、人々はそれに従うことにした。人々の中には自分も線を引いて少しでも取り分を確保しようとする者もいた。それでもやはり男の領地が格段に大きかった。人々の領地は細切れだったが、地上にいたとしたら、猫の額ほどの土地すら自分の物にできない人々だったので、無いよりましとそれで納得することにした。
その間にも、男は作業を続けていた。今度は雲で城を作り始めたのだ。白亜の城。
城のバルコニーから男は叫んだ。「ここは俺の王国だ!みんな俺を王様と呼ぶように」そして、雲で王冠を作り、それを頭に載せた。
夜になると、ある程度領地が定まった。人々は木を伝って地面に戻って来た。やはり慣れたベッドが一番と自分の寝床に戻るためだ。男だけは空に留まった。誰かが夜に忍び込んで、自分の王国を乗っ取られはしまいかと心配したからだ。
その晩、急に天候が崩れ嵐になった。人々は強風で雨戸がガタガタいうのを聞きながら毛布にくるまった。
翌朝、人々が空を見上げると、雲一つ無い青空、もちろん男の王国も無くなっている。男を探しに空に登ってみようという声も上がったが、空に通じる木は昨晩の強風で倒れてしまっていて、それはできなかった。男がどこへ行ってしまったのか、誰も知らない。

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