全部嘘だったらよかったのに【オリジナルSS】

全部嘘だったらよかったのに

「嘘も方便って言うじゃないですか?あれ、俺はめっちゃわかるっす。」

 初めて会った日、ビールジョッキ片手にそう言って笑った彼を、私は信じられると思ったんだっけ。名前も年齢も職業も偽れるこの世界の恋愛で素直に嘘を肯定する彼は、言葉とは裏腹に嘘をつかない人だったと思う。いや、正確には、嘘をつけなかったんだ、きっと。

「私は別れないから。」

「俺お前のこと裏切ったし…もう付き合うのは無理だよ。」

「…私は無理じゃない…別れたくない。」

「だからさっきも言ったけど、俺はあの子のこと好きで…。」

「じゃあ私の気持ちはどうなるの!?…私のこともう好きじゃないの…?」

 彼は頭を下げる。頷くわけではない。でも、「好きだよ」と嘘もついてくれない。素直な彼も、今までの時間も、私に向けられた言葉もなにもかも全部、嘘だったらよかったのに。

End.

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