罪と罰【オリジナルSS】

罪と罰

日付が変わる少し前、妙にさっぱりした顔で彼は帰ってきた。

「ただいま〜。あ、起きてた?」

「もう寝るところだったけど…今日は早かったんだね。」

「さすがに毎週部長になんか付き合ってらんないよ。」

彼は緩めたネクタイを外し、冷蔵庫から炭酸水を取り出す。いつもならすぐにシャワーに入ってしまうのに、今日は早く帰ってきたから?私も寝るのをやめて、もう少し起きていることにした。

「酔ってないね?飲んできてないの?」

「今日早上がりでさ、スタートが早かったんだよ。すっかり酒も抜けました。」

「それにしても、部長さんにもずいぶん気に入られてるんだね。」

「もう相手大変だけどな。昔の人って話長いじゃん?相槌打つので飲むどころじゃないよ。」

「いくつの人だっけ?」

「あー、40半ばだったかな。やれ政府がなんだとかくだ巻いてるよ。」

入社して7年目、今年から部署が変わった彼は、お酒が好きな部長に付き合わされて、毎週末は飲み会をして帰ってくるのが定番になっていた。そろそろ私たちも結婚を、なんて話も真剣にしたかったが、能天気な彼の性格と私の硬すぎる価値観のせいでなかなか前に進まない。彼の帰ってこない週末の夜、一人でベッドに入り考え込んでしまう。このまま時間だけが過ぎてしまうのかな、なんて。

「今日も『俺が選挙に出たら〜』なんて語りだしてさ。まぁ悪い人じゃないんだけどな。」

「あなたがもし選挙に出たら?作りたい法律とかある?」

「あー、そうだな。俺、煙草やめたじゃん?そしたらやけに道端に落ちてる煙草に目が行くんだよ。だから、煙草のポイ捨て厳罰化かな。」

そうだ。彼は部署が変わってしばらくしてから煙草をやめた。煙草の匂いがしなくなった代わりに、新しく使い始めたボディミストの香りがするようになった。

「なんで煙草やめたんだっけ?」

「そ、そりゃ値上げすごいからだよ。お前との将来のお金もあるじゃん?」

あんなに言ってもやめてくれなかったのに、と言いたいところをグッと堪えて飲み込む。

「お前はどうなの?権利があるなら、なんの法律作りたい?」

「私は、そうだなぁ…。難しいね。」

「もしもだよ、もしも。難しく考えんなって。」

「不倫ってさ、法で罰せられるじゃない?」

「お前知らないの?不倫は犯罪じゃないんだよ。ただ、慰謝料取れるよってだけ。」

「うーん、じゃあ不倫でも浮気でもいいから、ちゃんと法律定めてほしいかな。」

彼は黙って両手を頭の後ろに組み、ソファーにゆっくりもたれかかった。

「ちなみに浮気ってどこから?法律にするならちゃんと線引きしないと。」

「いわゆる不貞行為、身体の接触があったらかな。」

「キスも?」

「もちろん。手を繋ぐのも。」

「相手がたまたま具合悪くて介抱した場合も?」

「どちらかに下心があると見なされれば。」

「そりゃ厳しすぎない?社会出てたらそんな場面いくらでもあるって。」

彼が馬鹿にするように笑ったので、なんだか腹が立った。私は知っていたから。

「じゃあもっと厳しくなくするけど、お酒に酔った職場の後輩の介抱を理由にホテルに行くのはアウトだよね?それ1回だけじゃなく、そのあとも毎週末ホテルや相手の家で会うのはアウトだよね?明らかに関係変わって、メッセージでいちゃいちゃしてるのも、付き合ってる人がいるなら罰せるよね?厳しくないよね?」

彼は背中を預けていたソファーから勢いよく起き上がり、丸くした目でこちらを見てくる。

「…え?え?なに?」

「スマホ、ロックかけたほうがいいよ。」

「いやいやいや、ちょっと待って。」

「スマホ見ちゃだめって法律はないよね?」

「いや、見ていいんだ。いいんだけど…。」

「法律がないから、私はあなたを罰せられないの、おかしいと思わない?」

「落ち着けって。俺の話聞いて。」

「浮気するなら、別れる。」

「だから待ってくれ。いや、俺が悪かった。ごめん。別れたくない。ごめん。」

彼はソファーから立ち上がり、私に向かって頭を下げる。私だって、別れたくなんかないのだ。

「法律を決めましょう。私たちふたりの。」

「それは、例えば…?」

「次浮気したら、もう二度と会わない。連絡も取らない。接近も禁止。」

いつもは笑って真剣に取り合わない彼の、動揺した表情。これがもう罰なのだ。この空気すらもう、十分に罰だった。ちゃんとこの罪は償ってね。次はないんだから。

End.


この作品はRadiotalkの収録企画「#お題で創作」に参加したものです。今回のお題は「どんな法律作りたい?」。

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