月には君が【オリジナルSS】
月には君が
「お月様にはうさぎさんが住んでるんだって!」
随分と元気な妹の声に、僕は思わず呆気に取られた。
「お兄ちゃん、聞いてる?」
「ごめんごめん、うさぎがなんだって?」
「だから、お月様にはうさぎさんが住んでるの!今日メイちゃんが教えてくれたの。」
メイちゃんは妹の元に足繁く通ってくれるクラスメイトだ。うさぎが何よりも大好きな妹に、いつも絵を描いてくれたり、シールやキーホルダーを持ってきてくれる。両親が用意したぬいぐるみも相まって、妹のベッド周りにはたくさんのうさぎで溢れていた。
「9月の一番月がおっきくなる日は、うさぎさんがお餅つくんだって!"しゅーちゅーのめーげつ"?だったかなぁ?」
「それを言うなら、"中秋の名月"な。」
「えー、むずかしくてわかんないよー。」
「そうだな。美羽にはまだむずかしいな。」
「お兄ちゃんはお月様のうさぎさん、見たことある?みう、見てみたいなぁー。」
「次の満月の日に見れるかもな。だからそれまで、ちゃんと食べて元気でいること。わかった?」
「はーい!」
無邪気に妹が笑う。
年の離れた妹は先天性の心臓疾患があった。何度も入退院を繰り返し、大きな手術も乗り越えてきた。だが、今回の入院の際、医者から告げられたのは耐え難い言葉だった。。うさぎが好きで「みうの"う"は、うさぎの"う"なんだよー。」って、屈託なく笑う幼い妹の命はもう残り僅か。ひとつ前の季節にはまだ元気だったものの、秋に入り肌寒くなってきた頃に、一気に姿が変わってしまった。
僕たちは母親ひとりに育てられたたった2人兄妹で、仕事に明け暮れる母親の代わりに、妹の面倒は僕が見ていた。妹は僕が大好きで、僕も妹のことをかけがえのない存在のように思っている。だからこそ、妹の今の病状は目を背けたくなるような、とても辛くて悲しい現実なのだ。
待ちに待った満月の日、空には晴れていて丸く大きな月が浮かんでいた。まだ外がほんのりと明るさを残す頃に、辛い知らせが母親の元に届く。急いで病院に向かうと、様々な機器を身体に繋げた妹の姿があった。心電図は一定のリズムで静かに妹の鼓動を伝える。ついにこの時が来てしまった。母親は何も言わず涙を流し、ベッドに横たわる妹の手を握った。僕は立ちすくむばかりで何も出来ない。まだ7歳で、こんなに小さくて、うさぎが月に住んでるって信じてるくらい幼くて、それなのになんで、なんで。混乱した頭の中で、ふと妹の言葉を思い出した。僕は病室のカーテンを開け、妹に呼びかけた。
「美羽、見えるか?今日満月だよ!うさぎさん、お月様にいるよ!」
僕は泣いていた。ベッドの側に寄り、妹の小さな手を母親と一緒に握る。
「美羽…うさぎさんに会えるよ。良かったなぁ…。」
僕の言葉を遮るように、心電図がピーと大きく鳴り響く。妹の顔を満月の光が照らしていた。
妹は月に行ったのだろう。満月の夜には夜空を見上げ、月を見ながら妹を想っている。
End.
【後書き】
秋っぽいものを書きたくて書きました。今日は満月だそうですね。キーワードは「月うさぎ」「妹」
朗読、声劇、演劇などお好きにお使いください。
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