夕立に消える【オリジナルSS】

夕立に消える

夏休みも残り少なくなる頃にはすっかり日常に飽きていた。僕はゲームはそんなに好きじゃないし、外でサッカーするようなタイプでもない。宿題はもちろん夏休みが始まってすぐに終わらせ、読みたい本は全部読んだし、観たかった映画も観終えてしまった。数少ない友達からも「お前つまんないな」なんて、冗談なのか本気なのかわからない言葉を投げかけられる。つまらない、確かに僕自身でもそう思う。中学2年の夏休みなんて一番遊べる時期なのに、遊べてないのは僕がつまらない人間だからなのかも知れない。

夏休み最後の日、今日は比較的涼しくて、でも分厚い雲がどんより空を覆っている。雨が降る前に愛犬の散歩に出かけることにした。家から500m先にある神社がお決まりの散歩コース、母親に念の為持たされた傘が邪魔くさいけど、まぁ仕方ない。ゆっくり愛犬と歩きながら神社の階段を上り、鳥居をくぐって驚いた。境内の側で女の子が倒れていた。慌てて近づくと少し赤い顔をして女の子はぐったりしていた。

「え、どうしよ…だ、大丈夫、ですか…?おーい。」

同じくらいの歳だろうか、真っ黒な長い髪を一つに束ね、白いTシャツに柔らかい黄色のスカートを履いた彼女は、何度か声をかけると薄っすらと目を開いた。

「良かった。…大丈夫?動ける?」

彼女はコクリと頷きゆっくりと立ち上がった。すると雨がひと粒、またひと粒と降ってきて、それは途端に土砂降りに変わった。

「屋根の下行こう。」

彼女はなにも言わずコクリと頷く。

屋根の下に移動し、立ったまま無言の時間が続く。彼女は本当に一言も喋らない。そんな彼女の足元に愛犬は呑気にスンスンと嗅ぎ回り、じゃれつき始めた。

「こら!…ごめん、犬苦手じゃなかった?」

彼女はそれでもなにも言わない。ゆっくりとしゃがみこみ、嬉しそうに笑みを浮かべて愛犬を優しく撫でる。言葉はないけど、なんとなく伝わってくるものがある気がした。

クラスの化粧した女子が束になっても敵わないくらい綺麗な顔立ちをしている。黒い髪と対比して白い肌がより一層、透けそうなほどに白くて、僕は内心緊張していた。いくつなの?どこの中学なの?名前は何?また会えるかな?黙っている僕を彼女は「つまらない」と思ってはいないかとも思ったが、色んなこと聞いて怖がらせたくなくて、それに心臓が飛びでそうで、なにも言えない時間が続いた。

愛犬を撫でている彼女をただ黙って見つめていると、スマホの通知音が鳴る。母親から「早く帰ってきなさい」のLINEが届いていた。

「ごめん、もう帰らなきゃ…良かったら送るよ。」

彼女は優しく笑いながら首を横に振った。

「でも…。」

彼女はもう一度大きく首を横に振る。

「そしたらさ、傘!傘持っていってよ!僕は走ればすぐだから。」

そう言って彼女の白い手にぎゅっと傘を握らせ、僕は愛犬を連れ、雨に打たれながらひたすら走った。

次の日は随分と晴れた。学校に向かうため家を出ると、玄関に昨日渡した傘が立てかけてあった。
あれ以来、神社へ行っても彼女の姿を見ることはなかった。夏休み最後の日の夕立と彼女が、僕は忘れられない。

End.



【後書き】

「夏のRadiotalk朗読大賞」用に書きました。
(企画詳細はTwitterにて→https://twitter.com/susumco/status/1555736563606499328?t=c32o1IQASjpw9ZrNKrGLeQ&s=19))
キーワードは「夏」「夕立」「不思議な女の子」

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