瘡蓋【オリジナルSS】

瘡蓋(かさぶた)

客はどれだけ年いっていても35歳まで。それ以上は吐き気がするから相手にしない。パパというよりは兄みたいなもの。若い人はお金がなくて長くは続かない上にすぐ本気の恋愛したがるから、なるべく短期で取れるだけ取る。パパ活3年目、定期パパがなかなか出来ないのが悩みだけど、それなりに上手くやっている。

「リコちゃんかな?僕、あれです、Twitterの。雪うさぎです。」

「はじめまして!」

今日は新しいパパと顔合わせでカフェに来た。手入れされた短髪パーマ、皺のないシャツにジャケット。バッグはハイブランドじゃないけど上質そうな焦げ茶色のレザーっぽい。当たりかも知れない、そう思いつつも、慎重に。

「身分証、見せてもらってもいいですか?」

「あー…。免許証でいいかな?」

手渡された運転免許証で年齢を確認すると、38歳。ありえない。

「33って言ってましたよね?」

「ごめんね、リコさん若い人しか無理って言ってとから嘘ついちゃった。」

「じゃあ、この話は無しで!お手当もいらないんで。」

免許証を突き返し、バッグを持って立ち上がろうとすると、思いもしない言葉が飛んできた。

「君のお兄さん、知り合いなんだよ。…色んな話、聞いてるよ。」

足元から震えが上がってくる。

「…は?人違いじゃないですか?兄なんていないんで!」

私は逃げるようにカフェを飛び出し、込み上げてくる吐き気を抑えながら駅まで走り、トイレに駆け込んで私は手を洗う。わざわざ東京に出てきてるんだ、私のこと知ってる人なんているわけない。私になにがあったかなんて、知ってる人はいないはず。そう言い聞かせ、気持ちを整える。パパ活をしていて思うのは、結局メンタルの強さが稼ぎに直結してくるということ。だからこういうことがあっても、ちゃんと自分で自分を立て直さなきゃいけない。それがこの3年間で学んだことだった。次の電車で家に帰ろう。帰ってシャワーに入りたい。気持ちが落ち着くまで、私はずっと手を洗い続けた。

客はどれだけ年いっていても35歳まで。そうじゃないと思い出す。私には血の繋がらない、年の離れた兄がいた。私がまだ13歳のとき、ママの再婚相手の息子は36歳と歳が離れていて、表向きには私を可愛がっているように見せて、家で2人きりになると本性を見せた。どれだけ酷い目にあっても誰にも話せない。ママにも、友達にも。学校が唯一の逃げ場だったけど、私は手を洗うのが辞められなくて不登校になってしまった。高校には進まずに家を出て、今は1人で暮らしている。あんなに男の人が憎くて、怖くて、会話するだけでも身体が固まってしまうほどだったのに、パパ活を始めてから慣れた。いや、順応するしかなかったのかも知れない。憂さを晴らすようにパパからお金を毟り取って、いらなくなったらどんどん切っていく。お金だけは私を裏切らないし、私が男の人より優位に立てることが、従わせているという感覚が、この行為を辞めさせなくしている。大丈夫、私は大丈夫。手を洗う水を止め、深呼吸してトイレを出た。

「もしもし、リコです。明日会える?一緒にご飯食べたいなぁ〜。」

私は大丈夫。

End.


【後書き】
キーワードは「瘡蓋」
今っぽい雰囲気で書きたいなと思ってパパ活をテーマにしました。

朗読、声劇などご自由にお使い下さい。

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