エイミー【オリジナルSS】
エイミー
この町では宇宙工学が盛んで、多くの人がそれを学び技術を身に着け生計を立てていた。僕はその中でも協調性のないはみ出し者、一人山奥にラボを設け、静かにロボットや宇宙飛行船を開発している。そんなある日、突如大きな物音と地鳴りが起きる。恐るおそるラボを出ると、目の前にさほど大きくない宇宙船が地面の上に横たわっていた。この辺では見かけない形をしているその宇宙船を観察していると、後ろから声がした。
「すみません。」
振り返って驚いた。声をかけてきたのは女性で、それも、僕の初恋の人にそっくりだったのだ。
「あなたの家の前に落ちてしまいました。ご迷惑をおかけし、すみません。」
「あ、いや、それより腕…怪我してますよ?大丈夫ですか…?」
「細胞は自己再生するので心配には及びません。」
「もしかして、違う星から…?」
「そうです。この姿はあなたの記憶からお借りしました。この船を直す方法はわかりますか?」
「えっと…たぶん大丈夫。任せてください。…よ、良かったら直るまでうちにいてください。」
「ありがとうございます。」
機械のように平坦な口調、しかも無表情で話す初恋の女性の姿をした彼女を、僕は引き止めてしまった。
あらかたの状況を調べ、その日は終わった。夕飯も用意してみたが、彼女は持っていた非常食を無言で食べ、僕はどうしたものかとハンバーガーを口に運ぶ。
「そういえば名前、聞いてなかったね。」
「名前…識別ナンバーでしたらR1069です。」
「ちょっと呼びにくいな…。エイミーって呼んでもいい?」
「エイミー。わかりました、博士。」
僕がとっさに付けた名前は初恋の彼女の名前だ。見れば見るほどそっくりで、声まで似ている。僕はだめだとわかっていながら、エイミーと思い出の彼女を重ね合わせてしまっていた。
それからエイミーとの日々が始まった。他の星の船は素材も構図も配線も何から何まで違っていて苦戦したが、それがむしろ面白かった。エイミーは僕との会話から徐々に言葉を覚え、次第に話し方には抑揚がつき、表情も増えている。
「お疲れ様!夕飯作りました!」
「ありがとう。頂きます。」
「博士、楽しそうですね。」
「難しいけどね、やりがいあるよ。幸い故障はエンジン周りだけだし、ギアと上手く噛み合えばもう明日あたりには飛べるようになる。」
にこにこと笑顔を浮かべていたエイミーの表情が少し曇る。
「…どうしたの?」
「船が直れば、博士ともお別れです。寂しいです。」
そうだ、楽しくて僕は浮かれていた。この2週間、エイミーと過ごして錯覚してしまっていたんだ。この生活も、彼女も、仮のものであるということを。
「さ、寂しいけどさ、エイミーはちゃんと帰らないとだめだよ。」
「博士…。」
次の日は起きるのが少し億劫で、朝になんてならなきゃいいとさえ思った。それでも朝はやってきて、エイミーの優しい声で起きて、エイミーの作った朝食を食べる。そしてまた船に向かい、最後の調整を行った。船は思った通りエンジンがかかり、それは僕に安堵と、一抹の寂しさをもたらした。
「エイミー、直ったよ。乗ってみて。」
「ありがとう、博士。」
試験運転も上手くいき、ついにエイミーとのお別れのときが来た。僕は泣きそうだったから、ずっと俯いたまま。エイミーは一度船を下り、僕のそばによってそっと僕を抱き締めた。
「博士、本当にありがとう。夕食用意してるから食べてね。博士の好きな、ハンバーガーです。」
「ありがとう…。エイミー、気をつけて帰るんだよ。」
エイミーは何度もありがとうを言い、ゆっくり船に乗り込んだ。上手く大気圏を抜けていったことを確認し、ラボに戻ると、テーブルの上にぎこちない文字で書かれた「ありがとう」の置き手紙と、ハンバーガーが置いてあった。初恋の彼女と別れたときよりも辛い別れだった。僕はしょっぱくなったハンバーガーを食べながら、呟いた。
「さよなら、エイミー。」
End.
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