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スイングバイで失われるもの(3)

 前の記事では、大質量のダンプに低質量の軽車両等が衝突する様な車両の衝突の例えから、スイングバイの速度変化の原理の置き換えと、観察する座標系による速度変化の違いの存在について、語り始めました。その辺りについて、話題をつづけたいと思います。

例え話から本来のスイングバイへ

 例え話の繰り返しになります。
 地上から観察していると、軽車両の側は軽車両なりの速度で走っていて、ダンプと衝突して反射されると運動量をもらって加速されて、ダンプから遠ざかる様に見えると考えられます。同じ現象をダンプの運転手視点で見た場合には、衝突と反射の後も、接近時と同じ速さの異なる向きでダンプ自身から遠ざかるように見える筈です。速度は増したようには見えないでしょう。
 そういった、見る視点により現象が異なって見えるであろうことが、このダンプと軽車両の衝突反射の例えと本来のスイングバイとで同様であることが、ある程度想像できると思います。
 ここで注目しておきたいことは、ダンプの運転手の視点から見た場合に、脇から接近してきた軽車両が衝突して反射される前後では運動の向きが変わっただけで、速度(正確にはその絶対値たる「速さ」ですけれども)は何も変わっていないように見える、という点でしょうか。
 脇の歩道上からこの衝突を見た視点では、跳ね返された後の方がダンプの運動量をもらって加速された様に見える訳ですか、同じ現象なのに見ている座標系により見え方が全く異なる不可思議なことになっています。

相対的な運動

 実は、座標系により動きが全然違って見えるのは、時々見られることですね。
 例えば、走っている電車の中で通路を前から後ろ、最後尾車両に向かって歩いて移動している人物がいたと致します。この人物を車内で座席に座った状態で眺めていると、電車の後ろ方向に単純に歩いているだけに見えることでしょう。しかし、これを鉄道沿線の外部から電車の窓越しに眺めた場合には、電車内で後方へ向かって歩く人物の体の姿勢は後向きですが、電車進行方向に後ろ向き姿勢のままムーンウォークでバック移動する謎のマイケルジャクソンのものまねの様に見えることになりましょう。
 そして、姿勢の奇妙さだけでなく歩く速度についても、車内の座席から見ると普通に時速4キロメートル位の典型的歩行速度で電車後方にあるいているのですが、沿道から眺めると、電車の速度から車内での本人の歩行速度を引いた速度で、電車前方進行方向にムーンウォークしているジャクソンさんになるわけです。すなわち、同じ現象が見る座標で違って見えるのは、よくあることなわけです。
 そして、この座標系毎の相対的な物理の違いが、スイングバイでの太陽系に固定した視点で見た場合の飛翔体の増速が、エネルギー保存則等の問題なく現象として成立することを担保する理屈となっているわけです。その辺りが、ダンプと軽車両の衝突・反射の例えで理解すべき点となります。

運動量の移動または角運動量の移動

 結局、地球から打ち上げられた観測機等の飛翔体が惑星スイングバイで加速するという現象は、太陽系空間に固定された視点(座標系)では、あたかも衝突事故の際に軽い側が速度をもらって跳ね飛ばされてしまうがごとく、向きを大きく変えながら速度が増す現象ではありますが、その惑星に乗った視点(惑星の座標系)で見た場合は、接近する速さと遠ざかる速さの向きが変わるだけで現象の前後の速さは同じ(時間的に対称)であることがわかりました。
 その際、惑星の運動量を飛翔体側がもらうことで速度を増すという理屈になるわけですが、これについてもあくまで太陽系に固定された座標から見た場合のお話です。惑星に乗った座標系で見た場合には惑星自身は速度0なわけで運動量を持っていませんから、接近後遠ざかる飛翔体側も、速度をもらったりはしないように見える、直感的な理解の通りで問題は生じません。惑星固定の座標系と太陽系固定の座標系それぞれで異なる物理は、そういった意味でもきちんと整合性が取れています。
 ただしひとつの点だけ、ダンプと軽車両の衝突・反射の例えでは説明し得ないことについて、一応考えのうちに含めて現象を理解する必要があると思っています。
 実は、スイングバイの過程での登場人物(人物ではありませんが)である惑星も飛翔体も、両方とも太陽を中心とする公転運動あるいは太陽の重力に支配される軌道運動をしている、そのさなかでのスイングバイという現象である、という事実について、少し考えてみる必要があります。
 といった辺りに触れてみた所で次の記事に続きます。次は、この軌道運動の視点でもう少し書かせて下さい。


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