見出し画像

因果なんてクソ喰らえ|『Q&A』(恩田陸)【読書備忘録】

【タイトル】Q&A
【媒体/ジャンル】小説/ミステリー
【作者】恩田陸
【感想(あらすじ含む・ネタバレ極力なし)】

タイトルの通り全てがQ&Aの対話形式で構成され、地の文が全くないという一冊。会話のテンポが良く、普段小説を読まない人でもサクサク読み進められると思います。
また、文字から想像を掻き立てる「小説」の強みがこの上なく活かされていると感じました。

物語は冒頭、大規模な事件の発生から始まります。
とある大型商業施設内で死者69名負傷者106名を生み出したという大事件。これだけの規模にも関わらず、事件直後は「何が原因で被害が起きたのか」が全く特定できません。
その真相を探るべく、様々な事件関係者の視点からQ&Aが繰り返され、それぞれが見たモノについて語られていきます。
事件の核心を知る人物が少ない中、雲を掴むようなアンサーの先にどのような真相が見えてくるのか。そんなミステリー小説です。

【感想(ネタバレあり)】

~ネタバレを回避したい方はブラウザバック推奨~



この本を読み進める上で強く感じたのは「公正世界信念」の否定です。

公正世界信念(公正世界仮説)とは
人間の行いは全て因果応報であるとする考え方。悪いことをすれば罰があたり、善いことをすれば報われるというもので、認知バイアス(思い込み・先入観)のひとつであるとされている。

参考:公正世界仮説(Wikipedia)

「現実が理不尽なんて当たり前」と考える方は少なくないでしょうが、「公正世界信念」の考え方として、例えばこんなものがあります。
深夜、女性が1人で人通りの少ない路地を歩いていたところ、暴漢に襲われました。女性はこの件を振り返り「夜中に1人で出歩いていた自分が悪い」と結論付け、また周囲の一部からもそう言われました。

このケースでは100%暴漢が悪いのに、なぜか女性側の落ち度や原因を探ろうとする人が出てきます。これは「被害が起きた女性にも悪い部分があったに違いない」という公正世界信念がベースになっていると考えられます。
他にも「努力をすれば報われる」「悪いことが続いたなら良いことがある」「欲望に従ったら罰があたる」なども公正世界信念に基づく考え方です。

そう考えると、程度の差はあれ私たちは「ある程度この世界は公正に出来ている」と無意識的にインプットされているように思えます。

しかしこの小説は、そんな「公正世界」を真っ向から否定します。

近年稀に見る死者数を出した大事件。きっと壮大なミステリーに違いないと読み進めますが、いつまで経っても事件の全貌は掴めません。ただ無数の伏線とヒントが散りばめられるばかり。
結局、この本を読み終えても事件の真相は明言されず、それらの解釈は読者に委ねられることになります。

ひとつの結論として、作中に出てきた「政府の陰謀」が事件の真相だと解釈することができます。しかし自分は「全てが偶然によって起こった不幸な事故」だと結論づけました。
それは先程述べたように、作中を通して「公正世界信念」の否定を強く感じたからです。「悪い結果には悪い原因、悪い人、悪いモノが関わっているに違いない」というバイアスを否定するような台詞も散見されました。

この事件が政府の陰謀で片付くのであれば、なぜ「死者69名」などという超大規模なモノにしたのか。なぜ決定的な証拠をひとつも残さないのか。なぜずっと読者をもどかしいままにしていたのか。この説明がつかないのです。
しかしながら、こうした因果を考えている時点でもう、恩田先生の思惑にハマっているのかもしれません。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?