平田さん(仮名)のこと
こんにちは。
総合病院で働くMSWです。
オチのない話をします。
(名前は、全て仮名です)
平田さんは、心筋梗塞で入院中。
80代も後半で、丸顔の小さいおじいちゃんです。
昼間は、ベッドの上にちょこんと座って、品行方正。
看護師が声をかけると、ニコッと笑って、ぼそっと話す。
おむすびころりんに登場するとしたら、きっと「イイ人」の方のじいちゃん。
それが平田さんです。
ところが、21時の消灯後、平田さんは様子が一変します。
ベッドから抜け出して、病室の棚をごそごそ。
病室から出て行って、廊下のつきあたりへ。
また戻ってきたら、今度は隣の病室に入っていきます。
そしてベッドの下をのぞき込んで、ぶつぶつ言うのです。
私が勤める病院は、急性期の総合病院。
平田さんのような、夜間徘徊する患者さんは、実はかなり困りものです。
一応歩けるけれど、80代。
転倒リスクだってあります。
そもそも、隣の病室に入って行かれると、別の患者さんがびっくりします。
センサーマットを敷いて、しばらく対応しましたが、夜の病棟は人手不足です。
沈静してほしい、抑制しないと!
看護師がこう言いだしたのは、まあ、仕方ないかもしれません。
そもそもなぜ、平田さんは夜は行動的になるのか。
聞いたところで(実際聞きましたが)、本人は覚えていないのです。
高齢の患者さん、よくあるパターンです。
で、私はMSW(相談員)です。
家族さんに聞きましたら、こんな答えでした。
たぶん、犬を探してるんだと思う。
教えてくれたのは、別居している長男の奥さん。
平田さんは、1人暮らしで、小さいポメラニアンを飼っていたのです。
15歳の年寄犬なんです。
その犬も心臓病で、何回もひっくり返ってさ。
じいちゃんは、犬が心配なんだと思いますよ。
ずっと二人暮らしだし。
小さいじいちゃんの平田さんに、小さい犬。
心筋梗塞の飼い主に、心臓病の犬。
ああ、そうでしたか。
試しに犬の写真を持ってきてもらって、平田さんに見せたら、うん、確かにとってもうれしそう。
細い目がさらに細くなって、ぼそぼそと犬のことを教えてくれました。
その夜から、平田さんは夜の徘徊がなくなりました
・・・なんてことは、当然起こるはずもなく。
平田さんは、結局、夜間はセンサーマット待遇。
急変の患者さんが出たら、体幹抑制となったのでした。
世の中、案外と奇跡は起こらないものです。
それから2週間くらいで、退院していった平田さん。
次に入院してきたときは、もう家には帰れませんでした。
あの白いポメラニアン、まだ生きているんだろうかと、たまに思い出します。