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映画、はじまり

(今週のテーマ:映画館)

特にやりたいことがあるわけでもなく、東京に出てきてからも、なんだかパッとしない毎日がつづく。

こんなにも人がいるはずの東京で、なぜだかわからないけど、とつぜん孤独に苛まれることがある。

深夜の自販機でさえもこんな自分に同情しているのか、足元を優しく照らしてくれているような気がした。

こうしてまた眠りに落ちて、明日の朝には綺麗さっぱり忘れてる。そう自分に言い聞かせて、頭から熱いシャワーを浴びた。

身体を拭いて部屋へ戻ると、スマホの画面がひかり、小刻みに揺れているのが見えた。あいつからの電話だった。

「もしもし?久しぶり、こんな時間にどうした?」

「お、まだ起きてた。ちょっと明日映画見にいかないかなーと思って」

「それこの時間に言う?いや、全然いけるんだけど..」

「そ、良かった、ちょっと夜になるけど。明日またチケット渡すね」

「うん、じゃあちょっと時間とかまた送ってよ」

「りょうかい!早く寝なよ!」

1分もかからない会話だったと思う。あまりに唐突な電話で、感情が追いつかなかった。

たしか俺がまだ学生だったときのこと。

東京の就活イベントで会って以来、互いに意気投合したのか、会社は違えど、東京で働くようになってからも、たびたび会っていた。

働き始めた当初は、定期的に連絡が来てたんだけど、数年経ってからは、めっきり連絡が来なくなった。そんな経緯もあってか、さっきの電話は少しぎこちなかった。

すっかり辺りは暗くなり、すこし肌寒くなったころ、彼女は現れた。

「よ!待った?」

久しぶりの再会だというのに、マイペースなテンションは相変わらずだった。

「で、なに観るの?」

「そうだそうだ」と、彼女はポケットからシワのついた紙切れのうち、一枚を手渡した。よく駅前の広告で見かける、恋愛ものの映画だった。自分からすすんで観るような映画じゃなかったけれど、正直内容は二の次だ。

「ごめんね、急に誘っちゃって」

「いや、全然暇だったし、ちょうど映画観たかったし」

「そうだよね!暇だよね!」

「その一言が余計だって」

久しぶりに再会してほんの数分だったけど、数年前と変わらないやりとりに安心した。

着いた場所は駅からさほど遠くなく、一般的な映画館より、すこし古くさくこじんまりとした映画館だった。新宿や渋谷にあるような大層な劇場は苦手だから、妙に居心地が良かった。

席に着くとポップコーンの香ばしい香りが鼻をかすった。やっぱり買っておけばよかったと、ほんのすこしばかり後悔する。

「ポップコーン買ってこよっか」

そんな様子を察してか、彼女がポップコーンを買いに行ってくれた。買ってきたサイズを見て最初はびっくりしたが、「二人なら食べれるでしょ!」と自信満々な彼女を見て、クスッと笑ってしまった。

そうこうしていると、館内のライトがゆっくりと消え、かすかな話し声が耳に届く。「いよいよだね」とワクワクする彼女の様子を見て、こっちまでなんだか楽しみになってきた。スクリーンが灯り始めるまでの、ほんの数秒感、静かに鼓動が高鳴っていくのを感じた。

ふたたび館内のライトが点くまでの間、しばらく彼女の顔を観ることができなかった。

スクリーンのわずかな光に照らされた彼女の頰に、小さな涙が流れるのを見た。「こいつ、こんな顔するんだ」、と内心ドキっとしてしまったのは、ここだけの話だ。

完全に明かりがついた頃、「うう、良かったねえ」と涙ぐみながら伝える彼女に、不覚にも笑ってしまった。

映画館を出るころには先ほどとは打って変わり、けろっと「映画よかったね!」と話し始める。

「ほんとお前ってよくわかんないな」とやや呆れ口調で言いたかったが、グッとこらえた。

お互いああだこうだと映画の感想を言い合いながらふらふらと歩く。映画に出てきたヒロインの真似をする彼女を見ながら、「この元気を分けてくれ」と切に願った。

駅の近くに差し掛かったとき、彼女が肩をトントンと叩く。

「ねえ、せっかくだしこのまま歩いて帰らない?」

そんな彼女の提案に賛成し、一緒に賑やかな大通りを外れた。

線路沿いの道をまっすぐと歩き始め、しばらく沈黙が続いたあと、彼女にずっと聞きたかったことを尋ねてみた。

「ねえ、どうして今日俺のこと誘ってくれたの?」

「だって、今まで全然連絡くれなかったじゃん。急に連絡取れなくなるし、いまどうしてるのかも知りたかったから。ちょっと寂しかったんだよ?

でも元気そうで安心した!最初元気なさそうだったけど。私のおかげかな?」

なぜだかわからない、彼女の言葉を聞いて、その場から動けなくなった。

「ああ、なんだろう。たぶん俺はどこかでこいつから逃げてたんだ。

いつしか自分とは正反対にうまくいっている彼女をSNS越しに見て、なんだか合わせる顔がなくなって。

それなのに勝手に孤独気取って自分から逃げて、なんだよものすごく情けねえじゃねえか」

たぶん、一人じゃなかったんだ。顔をあげれなかった俺を彼女が優しく包みこんでくれたとき、そっとなにかが崩れていくのを感じた。

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今回のアイキャッチ画像は、黒田 明臣さんの「写真を見返す意味 - Days of Me」という記事から使用させていただきました。素敵な写真をありがとうございます。

最後まで読んでくださりありがとうございます。何かしらのお力になれたならとても嬉しいです。