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童貞は詩を書く

大学1年の夏休みが明けた。

何も起こらなかった夏の後に迫る秋は、とても切ない。空がきれいで、夕焼け雲に胸が締め付けられる。

彼女が欲しい。彼女に温めてほしい。

僕はその一念のみで日々を過ごしていた。

僕が採った作戦は、「まずは男友達を増やす」だった。それもなるべく、別の学科、学部の友達だ。その裏に隠された打算は、もちろん女子だった。

それぞれの男友達には、僕がまだ見ぬ女友達がついている。男友達を増やせば、それだけ女の子と知り合える機会も増えると考えた。

合コンではなく、「友達みんなで飲もう」という自然な設定が、互いの距離をそれとなく近づけてくれるはずだと、考えたのだ。

我ながらこの作戦は、秀逸だった。

そしてある飲み会で、出会いがあった。僕好みのショートカットで文化的な女性。決して目立つ可愛さではなかったが、静かに輝くタイプの女の子だった。

友達の部屋で行われたその飲み会で、僕はできるだけがっついていると思われないように、さりげなくその女子の隣に座り、話をした。できればずっと話していたかったが、あえて途中で男友達と話し込んだりして、自然さを装った。

それでも何とか、彼女が特に映画が好きだということを聞き出し、電話番号とメールアドレスを交換することに成功した。

焦るな。滑り出しは順調だ。

僕の秋は、そして東北の寒い寒い冬は、雪に閉ざされる冬は、彼女と温めあうのだ。

ただこれを書いている今も、彼女の名前は思い出せない。

なぜなら、彼女への恋で僕がやらかした失敗は、数ある黒歴史の中でも、真っ黒けっけの漆黒のやつだからだ。

恥ずかしくてダサすぎて、自分の頭からできるだけ追い出そうとしていた。

彼女とのやり取りは、順調だった。メールも時を置かず、必ず返ってくる。しかも短文ではなく、ちゃんと意味のある形で。時には、向こうから疑問形が入っている。

特に映画の話題のキャッチボールは、止まらなかった。

ものすごく自然な流れで、映画を見に行こうという話になった。

今は亡き名優、ロビン・ウィリアムズ主演の映画を見に行くことになった。

そのチョイスも含めて、何もかもが僕の好みだった。

僕はすっかり舞い上がってしまった。その先に待っているはずの、2人の幸せな未来を夢想して、ロマンチックが止まらなくなってしまった。

だって、見に行く映画のタイトルは「奇蹟の輝き」なのだ。もう、完ぺきではないか。これから2人は奇蹟みたいに輝くのだ。2人の出会いこそが、奇蹟の輝きなのだ。

デート前夜。僕は、いてもたってもいられなくなった。

この思いを、彼女に伝えなくてはと思った。それも、なるべく素敵な形で。

そして僕は、詩を書いたのだ。そう。ポエムだ。中身はきれいさっぱり忘れたが、甘い甘い、彼女に捧げる詩だった。

映画は確か、ちょっとファンタジーが強くて、世界に没頭できなかったように思う。

でもそんなことは関係なかった。映画の後、僕は彼女を、とっておきのタイ料理のお店に案内し、そして最後に、便せんに入れた詩を渡した。

もう、無敵だった。

どんな返事が来るのか、楽しみで仕方なかった。文学的な彼女なら、最低でも手紙という形で思いに応えてくれると思っていた。いや、何ならアンサーソング的に、詩で返ってくるのではとさえ思っていた。

しかし、翌日にきたのは、なんともそっけないメールだった。

「昨日はごちそうさまでした。手紙もありがとうございました」

それきり、彼女からのメールは一気によそよそしくなっていった。

僕はまた、ダイスケに相談した。百戦錬磨、ヤリチンのダイスケだ。

「おれ、なんかしたかなあ」と。

「お前、初デートでいきなり手紙渡したのかよ? は? 手紙じゃなくて、詩? それだめだろ。引くよ、絶対。手紙だって引くのに、詩なんて気持ち絶対わりいよ。なんでいい感じだったのに、そんなことすんだよ」

いや、だって、喜んでもらえると思ったし、俺のこともわかってほしかったからさ…。

「お前のことなんてわかってもらわなくていいんだよ。彼女が楽しい思いをして、またこの人と話したいと思ってくれたら、それでいいんだよ。なんでいきなり『お前』を彼女がわかる必要があるんだよ。それはもっと先の話。というか、『楽しい』の先に自然と互いがわかっていくのが、恋愛だよ。お前、焦りすぎというか、なんというか、普通やらねえだろ。詩を渡すなんて」

ダイスケよ。先に言っておいてくれ。初デートで手紙を渡しちゃダメだって。ましてや詩なんてだめだって。

僕の秋は、冬は、いよいよ寒くなりそうだった。

彼女とは、それきりだった。

なぜだか、大学のキャンパスを歩いているときに、女子が僕を見てクスクス笑っているような感じがした。

好意的なそれじゃない。明らかに、馬鹿にしている。

なんか変だなあと思っていたら、その彼女とつなげてくれた友達から連絡が来た。

「お前、初デートで詩を渡したの? おれもさっき聞いたんだけど、お前、あの女子のグループから『ポエマー』って呼ばれているらしいよ」

うそん。彼女、周りに話したのかよ。吹聴したのかよ。

それはひどいだろ。俺はこんなに真剣だったのに。

今ならわかる。彼女だって、こんな面白い話、自分の中で留めておくのは無理だろう。

でも当時の僕は、地味に傷ついた。

詩が届かなかったにせよ、彼女はそんな風に人を馬鹿にするタイプではないと思っていたからだ。

おかげで、ある一定の女子の間で、僕は「ポエマー」として認知されるようになってしまった。

こんな痛い奴と、誰が付き合ってくれるのだ。本当に、暗澹たる思いがした。

高校や中学とは違い、大学は広いので、彼女たちの交友関係が全土に広がるわけではない。

幸い、ポエマーのあだ名が定着することなかった。

季節はいよいよ、冬になろうとしていた。

ポエマーの僕は、果たして彼女に何を書いたのだろう。

そして彼女の名前は、なんといったのだろう。

僕はそのあともめげずに、詩を書いた。でも決して、初デートでそれを女性に渡すことはしなかった。

唯一の救いは、このエピソード自体が、10年、15年と熟成の時を経て、女性に話せばほぼ間違いなく笑ってもらえる「すべらない話」になったことだ。

ポエマーの俺。落ち込むな。

お前のおかげで、俺は10年後にモテたぞ。

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