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童貞はしょうもない奇跡を起こす

東北の小都市でも、奇跡みたいなことというか、信じられないことは起こる。

大学1年の冬がいよいよ本格化してきた。

僕は、あまり熱心ではないが一応フットサルサークルに属していて、みんなで大会に出ようということで、参加してきた。

大会は何の結果も出ず終わったのだが、その晩の打ち上げで、ちょっとした事件が起きた。

一応、フットサルサークルにも女子マネージャーみたいな人がいて、飲み会にはもちろん彼女らも参加していた。

その4人ほどの女子マネには、すでにサークルの男たちの唾がついており、僕は何の興味もなかった(向こうもなかったろうて)。

僕はこのサークルの面々とはそんなに気が合わず、飲み会もあまり乗り気ではなかった。

ただ例のごとく、メンバーの誰かが僕のまだ見ぬ女子を飲み会に誘うのではという淡い期待だけを頼りに、杯を傾けていた。

お座敷の長テーブルに並んだ顔は見知ったものばかりで、僕は早々にやる気をなくした。

しかし、1時間ほどたったころ、ある先輩が一人の女子を引き連れて現れた。サークルの大御所というか、兄貴的な存在のその人は、とても心が広いことで知られていた。

僕は一瞬で、その女子に目を奪われた。

お世辞にもかわいいと言える方ではなかったが、ともかく胸の発育がすごかった。ややぽっちゃりはしているが、それにしたってすごい。どうしたらそんな風になるのだというくらい、とにかくすごい。

先輩のスケベさといったらないなあ、と思いつつも、童貞の僕からしたらうらやましくてたまらなかった。

一生に一度でいいから、あんなお胸に触れてみたい。

純朴な僕はそんな下心を一切見せることなく、トイレに行った帰りにその先輩の隣に座った。

意外にも、その女子は先輩の彼女ではないということだった。でも、今は先輩の家に居候しているという。

なんだそれという感じだが、話していくうちにわかったのは、彼女がプチ家出中で、何らかのきっかけで先輩と出会ったらしいということだった。というか、そんなの出会い系でしかないだろうが。

スマホ世代には信じられないだろうが、PHS(携帯電話の先祖)の全盛期だった当時、不特定多数の人と簡単につながれる「ミーティングルーム」というサービスがあった。

ある番号を押すとミーティングルームにつながり、そこにアクセスしている者同士がいきなり話せるという、かなり乱暴なサービスだ。

僕の親友となるヤリチンのダイスケはそのヘビーユーザーで、月額使用料が5万円なんていう、バカみたいなお金の使い方をしていた。

フットサルサークルの先輩とそのお胸女子も、そこで出会ったらしかった。

僕は酔いに任せて、その子とどうにかお近づきになろうとがっついた。周りに引かれてもよかった。どうせこいつらとはそんなに仲良くならないという、とても嫌な感じの割り切りもあった。

そして僕は、もう一軒に行こうというほかのメンバーとは別行動で、その子と自分の部屋で二次会をするという約束を取り付けた。

僕だって、やればできるのだ。そうか、飲み会で女子を口説くというのは、こうして恥も外聞も捨てることなのだな。そんな風に思った。

改めて書くまでもなく、「ミーティングルーム」で男を見つけて、その家に居候するくらいの女の子であれば、僕だって…と思っていた。

いざ、彼女が部屋に来た。急いで暖房をつけて、お酒を用意し、こたつで座った。

もう、そのことしか頭になかった。最低だが、俺の童貞なんてこんな風に捨てるのが一番にも思えた。

そして、彼女の後ろに回った。彼女は、まったく嫌がらない。やはり、この子は…。

ああ、すごい。見ているよりも、もっとすごい。これはすごい。

上手にゴムは付けられるかな…。

ああ、今日フットサルの大会に行ってよかった。打ち上げに行ってよかった。

そんな風に思っていた時だった。

ピンポーン、ピンポーーン

チャイムが鳴った。

むろん、無視だ。

すると今度は、「ドンドンドンドン」とドアをたたく音がする。

そして、「おーい、いるんだろー。●●ちゃん、迎えにきたから。もう帰るよー」。

僕の怪しげな行動(とは言ってもバレバレだったが)に気付いたメンバーが、阻止しに来たのだ。

その声を聞いた彼女は、あっさりと「悪いから行くね」と言って、コートを持っていってしまった。

ああ、神様。どうして僕ばっかり…。

僕は、もう2度とこのサークルに行くものかと思った。というか、恥ずかしくてもういけないと思った。

情けないこの空振りには、後日談がある。

大学のキャンパスを自転車で走っていた僕を呼ぶ声がした。

声は校舎の上から聞こえてくる。

見上げると、その女子がいた。「ちょっと今行くから、待っていてくださーい」

本当は走り去りたかった。スケベな未遂を犯した童貞は、こんな時に思考回路が停止してしまう。

何も考えられず、言われたまま待っていると、女子が降りてきた。

目を疑った。彼女は、学校の制服を着ていたのだ。

まずい。これは本当にまずい。これは本格的にまずい。

冷や汗をかきまくりながら、わざとらしく驚いて見せた。

「え? どういうこと? 高校生なの? 飲み会に来ていたし、酒飲んでいるから同い年だと思っていたんだけど…」

すると彼女は、いたずらっぽく笑い、「違うんです」。

ああそうか、どういう趣向か知らないが、昔の制服を着ているということか…。僕は心底安心した。

しかし、彼女が続けた一言に、僕は本当に言葉を失ってしまった。

「私、まだ中学3年なんです」

うそん! それはないだろう。どう見たって、中学生には見えない。いや。この言葉、捕まった時にいうやつやん。

もうそのあとに、自分が何を話したかは覚えていない。

僕は文字通り、逃げ帰った。

それからしばらくは、生きた心地がしなかった。知らない番号から着信があったりすると、心底おびえた。

幸い、何もなかった。

そしてこの情けない話には、さらに後日談がある。

大学を卒業し、モテない社会人生活を始めた僕は、近所のレンタルビデオ屋さんにとてもお世話になっていた。

そして、アダルトコーナーの棚で、劇的な再会をしたのだ。

横置きでおすすめされているその新作のジャケットにいるのは、あのお胸女子だったのだ。

間違いない。

やはり、この業界もあのお胸を見逃すことがなかったのか。

童貞のころの僕が導いてくれた奇跡に、妙に感動してしまった。

そして僕は、急に思い出した。

スケベ心のみで突き進んだあの夜、どんな会話をしたかなんて完全に忘れてしまっていたのだが、彼女は確かにこう言っていたのだ。

「私、アイドルになりたいの。いつか上京するんだ」

薄っぺらい童貞の僕は、「夢を持つことは大事。それに向かって行動することはもっと大事」なんてアンサーしていたような気がする。

少し違った形ではあったが、彼女は確かにアイドルになった。しかも彼女は、その業界でありそうでなかったゾーンを開拓し、大人気になっていった。

社会人になっても、相変わらずダサくて冴えない僕なんかより、彼女の方がよほど力強く、したたかだった。

一も二もなく彼女の作品を借りたのは、言うまでもない。

学生時代とほとんど変わり映えのしない独り暮らしの部屋に戻り、僕は、童貞のころの自分と今の自分が、やはり地続きなのだなあと、変な感慨にふけったものだ。

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