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理論経済学徒が研究内容と程遠いベンチャー企業に就職した結果

はじめに

最近、実証分析・データ分析が出来るビジネスパーソンの需要が高まって(いる気がして)います。PythonやRが使える人優遇、という求人が結構増えてきたような。そんなわけで、経済学徒の中でも実証・計量系の経験を積んだ人は比較的ビジネスにおいてその専門性を発揮しやすい状況が日本でも整いつつある気がします。(アメリカだともっとちやほやされるという話も聞きます)

一方で、僕は修士課程までただひたすらにPure theoryのみをやってきました。具体的にはメカニズムデザインと呼ばれている領域で、オークションのように「誰に、いくらで配分するか」を決めるメカニズムをどう設計したらよいか、そもそも期待する性質を持つメカニズムは存在するか、といったことを式変形でゴリゴリに分析するものです。

このように紙とペンさえあれば研究を進められそうな領域しかやってこなかった僕にとって、冒頭で述べたような実証方面の研究能力はさっぱりで、「Excelはある程度使いこなせるけれど、入門Pythonは最初の10ページで挫折したし、コアエコノメのStata実習は相当苦戦したし…」という感じでした。統計検定一級こそ持っていますが、確率母関数と戯れることができたという証でしかなく、データサイエンティストらに囲まれて仕事をするスキルはありません。

そんな僕は、なんやかんやあって修士課程を修了したところでとあるベンチャー企業に就職しました。そこはオークションを運営しているような企業ではないのですが、仲介プラットフォーム事業を展開していることもあり、「研究内容がストレートには使えなさそうだけど、ビジネスとして面白そう」という理由で入社を決めました。

ストレートどころか変化球的にも生かせない研究内容

僕が企業に専門性の活用を期待していなかったように、企業側も僕に研究内容を活かした活躍は期待していませんでした。入社した直後こそ、こんな出来事があったのですが…

結局、在職中に自分の研究内容が活かせたのはこの雑談の一度きりでした。変な特訓をしていたのがこんな所で役に立った!という少年漫画的な展開は僕には訪れませんでした。

実際に企業にいてゴリゴリ数式を解くことが効果的な場面はそうないだろうなという想像はしていた一方で、研究を通して培った「論理的に思考を重ねて客観的な材料を用意して説得させられる能力」くらいは活かせるだろうと思っていました。しかしこの変化球的な活用も上手くいきません。「ビジネスはお金を動かしてなんぼ、そのお金を動かさせるのはロジックではなくパッション」という部分への認識が甘かったからです。

勤務先自体も、また取引先も所謂高学歴が多く比較的ロジックを重用するところではありましたが、結局のところ「人間による意思決定」をする以上、論理的な裏付けは助けにはなっても、決定打にはならないことを痛感しました。むしろ「論理的にいうとこうなのに、何でこうしないんでしょう」という若干鼻につくような物言いをしてしまうと逆効果になるでしょう。(ただ実際にビジネスを成功させている企業や仕組みというのはよくできていて、「何でこうしないんだろう」と考える事象は自分が気づいていない重要な論点があるケースが殆どだと思います)

ベンチャー企業に就職したが故の事情

また、新たな領域を開拓するという点で大企業よりベンチャー企業の方がアカデミアからの転生に向いているのではと判断したのですが、実際はベンチャー企業だからこその嚙み合わなさもありました。

例えば、企業が出来て間もなく、また急成長フェーズにあることから過去のデータに基づいた戦略決定があまり有効ではありません。実際に学部レベルの統計学の知識でいくつかの担当クライアントの傾向分析等も行ってはいましたが、「そもそもデータの蓄積がない」「少数しかいない社員の中で誰がついていたかの影響が大きい」「基本的に急激な右肩上がりなので季節トレンドすら有意なものがでない」等、とても有効な分析は出来ない状況でした。(一方で、SNSマーケティング等有効に使っている部署もありました)

また、超短期的に成果を求められるというのも重要なポイントです。これまでの自分の場合、修士論文を書くのであれば数か月単位、コア科目の課題にしても週単位と、期限が短くはない複数のタスクについて計画立て、その日のコンディションや用事を鑑みつつ中長期的に最適なやり方を取っていました。勿論、学会や勉強会等瞬発的に頭を使うことが求められる場面もありますが、短距離走だけで終わるという日は珍しかったと記憶しています。

ただ、ベンチャー企業にはそんな暇はありません。勿論中期経営計画があったり、それに付随したプロジェクトもあったりということは考えられますが、とにかく目先の利益をどうつかみ取って明日生きていくかに尽きます。自分がいた部署はその傾向が顕著で、「今から1~3時間以内にこれをやってくれ」という依頼に追われているだけで終わる日々が続きました。マラソン的に頭を使うのと、何度も短距離走を繰り返すのとではコツも負荷も全く違います。就職して暫くはこのギャップに苦しみました。

そして何より、このような短距離走の繰り返しで疲れ果てるベンチャー企業を支えているのが「この事業を成功させたいという熱意」です。ストックオプションを有するような初期参画メンバーやCXOとかになると話は変わるかと思いますが、ストックオプション無しでベンチャー企業に入る場合、「この事業を成功させて社会貢献するんだ」というような理屈ではない情熱がないとモチベーションを保てません
これは日本の苦しい研究環境に身を置いている人にも共通する部分かとは思いますが、「より向いていたであろう研究を辞めてお金を得るために就職したのに、結局情熱頼みの人生になるのか」という失望感は少なからずありました。

最後に

後半の方はベンチャー企業への愚痴のようになってしまいましたが、一方でベンチャーならではの良さもありました。人数が小規模であることから社内の他部署の様子も良く見えるため、一つの会社がどのように事業を動かしているかを実感することができましたし、また「すぐ戦力として動いてもらえないと困る」という理由で社内では最も自分に向いているポジションにすぐアサインしてもらうことができました。大企業に就職していたら、また別の悩みを抱えていたと思います。

研究の社会実装を進める仕事をしている今となっては、これらの「理想と現実のギャップ」を体感できたことは本当に良い経験だったと思っています。もし将来的に社会実装を進めるような研究がしたいのであれば、是非一度所謂「実務経験」を積むことをお勧めします。

一方で、「完全にアカデミアを離れて戻ってくるつもりはないが、大学院での経験は活かしたい」という人は慎重に企業選び・ポジション選びを進めてください。そもそもの文化の違いから経験をストレートに、或いは変化球にでも活かすことはそう簡単ではありませんが、良い職場と巡り会えた場合、あなたの人生全体が非常に大きな強みになるはずです。

全ての〇〇学徒に幸あれ。

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