猫かぶり

なんのためにあって、なんであるかも僕には何一つ理解はできなかったけれども、残念ながら僕が住んでいる部屋には数センチほどの穴があいていて、隣の部屋が見える仕組みになっていることだけは揺るぎない事実であった。

そして僕はその穴を興味本位で覗いてしまったことを後悔しつつ、また僕の常識をはるかに超える出来事がそこでは繰り広げられていることを同時に知ることになった。
「ちぇっ、おい。いいか、アルバイトといえどこれはれっきとした仕事なんだぞ! お金をもらっている以上は、ちゃんと働いてもらわなければ困る!」
と、普通に聞いていればなんの変哲もない言葉なのだけれども、それが隣のごく一般の部屋で、しかも猫が喋っているとなると、それはいささかおかしな出来事ではないだろうか? と思わずにはいられなかった。
「はい、すみませんでした。今度から気をつけます!」
「そんな言葉はいいから、次からちゃんと態度として示しなさい。今回は私がいたからいいものの。君一人だったら危うく返り討ちにあっているところだよ? いいかい、わかったね?」
なんて上司ぶっているほうも、丸みを帯びた頬に、目尻が上がっている綺麗な瞳をしたスコテッシュ・フォールドという猫。そして怒られているアルバイトと呼ばれた方は今にも泣き出しそうなウルウルの瞳をしたラパーマという猫なのであった。
僕はその光景に何度も、いやいやいや、そんなはずはない。と観察していたのだが、どう考えてもあの二匹の猫は喋っているのだ。しかも、どうやらバイトの真最中らしい。そんな光景を目の前で繰り広げられていて、興味を持たないわけにはいかなくなってしまい、僕は先ほどからしがみつくように穴に右目を押しつけていた。それはまぁ、はたから見たら異様な光景かもしれないけれども、僕が見ていることのほうがはるかに異様なのだから、この格好は仕方がない。
「それにしても君、これ以外のバイト経験はあったんだっけ?」
スコテッシュは、前足で目の上を掻きながら尋ねた。
「はい、最初は先輩たちの爪研ぎで雇ってもらってました。あとはマッサージ師として一時期活躍していたこともありました。そうですね、後は獲物などを安全なところに運ぶ、運び屋なんかもしていましたね」
ラパーマは、恐縮した感じで相手を上目遣いで見つめていた。
「じゃあ今回の殺しの経験は初めて?」
「はい!」
「まぁ、給料いいからね。この仕事する猫多いんだけど、返り討ちのケースが多いからね。君も気をつけなよ」
「は、はい……」
そう言われたラパーマは、後ろ肢の間にしっぽを巻き込みながら、少し怯えた様子を見せて答えた。
「じゃあ、もうここはいいから、さぁ次行こうか!」
「はい!」
そう言うと、二匹の猫は颯爽と部屋を出ていった。
僕は呆気にとられ未だに全てを理解することができないでいた。隣の部屋では明らかに不可思議なことが行われていたから。
まぁ人間に取り入って共存しようとしている猫もいれば、あのような猫もいるということなのだろうか? なんにしても我々には関係ない話ではあるけれども。なんたって、その反対派の活動をしているものですから。
まったくあんなものを見てしまったばっかりに、僕の頭の中までおかしくなってきた気がする。
変に考えごとをしていると少なからずお腹が空いてくる。しかし部屋には僕が食べたいものなんて落ちてはいなかった。
だから僕は部屋にあいている穴に入ると、隣の部屋に進入することにした。
するとぞくっとする鋭い視線。
そこにいたのは……。

僕はこんな時に何故冷静に物事を考えているのだろうか、と不思議に思ったが、思わずにはいられなかった。

たしか猫は待ち伏せ型の肉食獣で、そうそう。やつらは僕のことが大好物なんだよなぁ。