野性を取り戻せ!夜を馳せ、会津若松単独行
私は、自分の中の野性を感じるために、ときどき通信端末を一切持たずに旅をしている。
今回は、福島県の会津若松に行ってみることにした。
目的は特に無い。
(前作)
朝方の街に立つ。
夜行バスに乗るのは久しぶりだった。
夜行バスはとにかく早く寝るに限る。
高速道路は、意外に車外の騒音が気になるし、近くの席の人のいびきがうるさかったら、なかなか寝付けないかもしれない。
私はいつも、高速バスに乗る前に夕食を食べて、ちょうど出発するころに眠くなるようにする。
今回も、高速道路に乗る前に、眠りにつくことができた。
高速バスが、福島駅に着いたのは、午前4時。
駅の表示によると、気温は12.3度。
薄手の上着を着ているだけだったが、それほど寒くは感じなかった。
駅はまだ閉まっている。空いているお店も無い。
高速バスを降りたあと、駅やお店が開くまでの間に、トイレに行きたくなったらどうしよう、というの一抹の不安があったが、駅前の交番のそばに公衆トイレがあったので、朝方に駅に着く人には安心だろう。
駅に隣接したドトールの開店時間は、7:00だった。
少なくとも、あと3時間ばかり、朝方の街で過ごさなければならないようだ。
駅前通りのコンビニを曲がったところに、24時間営業のカラオケ店を見つけた。
疲れたらこのカラオケ店で休めばよかろうと思い、駅の周りを散策することにした。
駅近くにコンビニが何軒かあったので、空腹を満たすことができた。
バーがいくつか営業していたが、このあと昼間歩き回るのに、お酒を飲むのはしんどいと思って遠慮した。
知らない街のバーに入るのも楽しいかもしれないので、今度どこかに出かけたときに入ってみようと思う。
世界中であなたたちだけが生きている時間を過ごしている。
駅前通りをしばらく歩いて行くと、広場があって、若者たちがたむろしていた。
バーかクラブだと思われる店の前の道で、8人ぐらいの若者が、楽しそうに話している。
ここが、渋谷の真ん中なら、珍しいことでも無いだろうが、あたり一帯はどこもひっそりして、人通りが無い中で、若者たちだけが賑やかだ。
世界が眠りについている中で、自分たちだけが生きている時間を共有している、と感じられることは、たいへんエモい。
仲間に加わったわけでも無いのに、勝手に尊い気持ちになってしまった。
広場のある交差点には、オレンジ色の街灯が並んだ道が交わっていた。
そちらの道を歩いていくと、こんな時間に灯りのついている路面店を見つけた。
見ると、昼間はシフォンケーキを提供しているカフェのようで、こんな時間から仕込みをしているのか、お店の人がせっせと働いていた。
少し歩くと、突然、暗闇の中から青い大きなかたまりが現れて驚いた。
ブルーシートをかけられた、全高2.5メートルか3メートルほどもある、大きなかたまりだった。
おそらく、祭りで使う山車とかであろう。
夜道で妖怪に出会ったら、こんな感じなのだろうか。
また少し歩いていくと、街灯が途切れて、明るい通りは終わってしまった。
道路一本隔てて、向こう側はまっ暗だった。
ぐるりと辺りを見回すと、明るいのは、駅前通りと、そこに交差するいくつかの道だけで、そこを外れると、まるで静まり返った宵闇だった。
私は、駅のほうへ引き返した。
駅の反対側へ抜ける地下通をを見つけたので、おりてみた。
若者3人が賑やかに先を歩いていた。
この街で、朝方まで遊んでいるのは若者ばかりで、大人は全然見かけなかった。
駅の反対側に出ると、大きなショッピングモールがあった。
昼間には、人通りが多く賑わっていることが想像されたが、今は閑散としていた。
特に何も無さそうなので、また地下道に入って元の場所に戻ってきた。
駅前には、人影が増えてきた。
みな、駅が開くのを待っているのであろう。
私は1時間ほど歩き回って、少し眠くなってきたので、最初に見つけたカラオケ店で休むことにした。
カラオケ店の受付で、利用料金の説明を受ける。
カラオケチェーンの非会員は、余計に料金がかかってしまうのだと言う。
カラオケ店の店員さんは、今、この場でアプリをダウンロードしていただいても、会員料金でご案内できます、と丁寧に説明してくれたが、私はお断りした。
スマホを持っていないのだ。
部屋に入って、私は横になった。
近くの部屋から、横笛かパンフルートか何かを練習しているらしい音が聞こえてきた。
しかも、どうやら2人で練習しているらしい。
こんな時間に、なんて熱心なのだろう。
私は、その音を聞きながら、しばし眠った。
動き出す街とゆっくり進む電車。
8:00ごろ目を覚ました私は、会計を済ませてカラオケ店を出た。
福島駅近くのカフェで、簡単に朝食を済ませて、駅に向かった。
会津若松へ行こうと思って、取りあえず郡山駅に向かうことにした。
ホームには電車を待つ人々がいて、街が動き出したのを感じた。
反対側のホームに、発車する電車と、回送列車が、同じ線路に並んで停まっているのを見つけた。
知る人には珍しいことではないのかもしれないが、私は初めてみる光景を面白がった。
電車内のアナウンスによると、郡山駅には9:30ごろ着くと言う。1時間ほどかかるらしい。
福島駅から郡山駅と、郡山駅から会津若松駅が同じぐらいの距離だったように思うので、だいたい2時間ぐらい電車に乗ることになるのだろうと算段した。
電車が福島駅を離れると、車窓から見える景色はすぐに郊外のそれに変わった。
天気は良く、景色も明るかったが、電車内は妙に底冷えがした。
市街地と郊外では、風の冷たさが違うのかもしれない。
郡山駅に着くと、乗っている電車は駅で20分間停車するというアナウンスが流れた。
向かいのベンチシートに、中学生か高校生ぐらいの女の子3人連れが座っていた。
彼女らが、休日にどこかに遊びに行こうと思ったら、少ない本数の電車の時間に合わせて出かけて、時には駅で長い時間停車するなどして、移動にたくさんの時間を費やさなければならないのであろう。
夜遅くまで遊ぶこともできないであろうし、遊ぶ時間というのは、東京などと比べたらとても短いのであろう。
考えてみれば、朝から晩まで絶え間なく電車が走り続け、夜中近くまで遊んでいられる東京が異常なのだ。
郡山駅で、窓口の人に、会津若松駅に向かう電車への乗り換えを聞いて、電車に乗り込んだ。
郡山駅に着いたのは、予定通り9:30ごろであったが、会津若松方面行きの電車の発車時刻は10:20であった。
電車は4両編成で、うち1両は指定席のある車両だった。
発車まで時間があり、私が電車に乗ったときには電車は空っぽだったが、発車する頃には満席になり、立っている人もそれなりにいた。
また1時間ほど電車に揺られて、会津若松駅に着いた。
都合、3時間の行程になった。
観光客がたくさん訪れていて、みなレンタカーを借りたり、バスの周遊チケットを買っているようだった。
私は、ここから全く予定も無ければ目的地も無い。
お腹が空いていたので、とりあえずご飯屋さんを探そうと、市街地と指し示された標識に従って歩き出した。
会津若松の街を歩く。
会津若松駅の周りには、ご飯を食べられるお店をなかなか見つけられなかった。
あてもなく歩いていると、七日町駅という会津若松駅の隣の駅へと続く街道に出た。
観光客らしい人影が増えてきて、駅まで歩いて行ける程度の距離らしかった。
なるほど、観光はこの辺りを中心に行われるのだろう。
観光地化されているお店よりも、地元のお店に入りたいと思って歩いていると、ジャズ喫茶を見つけた。
軽食も食べられるようなので、店に入ってみることにした。
店主は、サウンドシステム作りに凝っておられるらしく、自作の真空管アンプとスピーカーから、ジャズの演奏が流れていた。
音色は、パワーで押し出してくると言うよりは、まろやかで美しかった。
テーブルの上には、「JAZZの歴史を創ったジャズメンたち 今までのJAZZファンの方に、これからJAZZファンになる方へ」と題された、分厚い手製の冊子が置いてあった。
前半はジャズの基礎知識、歴史、名盤紹介などがまとめられていて、後半はジャズにまつわる様々なコラムが収録されていた。
軽妙な語り口で、とても面白い内容だった。
こんな面白い読み物が、この店に来なければ読めないなんてもったいない。
ウェブサイトを作れば人気になるだろうし、出版されていてもおかしくないような内容とボリュームだと思ったが、ここへ来なければ読めないというのもまた面白いのかもしれない。
食事は、カレーライスをいただいた。
インドネシア風のスパイスを使っていて、まろやかで、かと言って甘いわけではなく、優しい味のカレーライスだった。
食後のコーヒーをいただいていたとき、スピーカーから聴こえてくるピアノの音色が美しくて、涙が出そうになった。
ご主人に聞くと、キース・ジャレットの「リオ」という作品で、ブラジルで録音されたコンサートだと言うことだ。
また、改めて聴いてみようと思った。
キース・ジャレットのCDが終わったので、ご主人はCDを入れ替えた。
今度は、軽快なビバップが聴こえてきた。
新しいお客さんが入ってきたので、私は会計を済ませてお店を出た。
城下町を歩く。
お店を出たあとは、七日町駅を見物して、鶴ヶ城の方角にぶらぶら歩き出した。
ところどころに、立派な蔵が建っていて、見ればどれも酒蔵のようだった。
一際立派な酒蔵に、日本人のガイド付きの外国人の一団が入って行った。
そこは末廣の酒蔵だった。
なぜかクラシックカメラの展示室があると言うので、私も覗いてみることにした。
無料の酒蔵ツアーが催されていて、たくさんの種類の酒が買えるショップや、酒を使ったスイーツなどを提供する喫茶店も営業していた。
クラシックカメラ展示室はあまり人気が無いのか、普段は閉めている様子で、声をかけたら見物させてくれるようだったが、私1人のために開けてもらうのも悪いので、今回は遠慮することにした。
いつか、カメラ好きの友人と訪れることがあったら見物させてもらうことにしよう。
一帯は城下町らしく、いろいろの商店が並んでいて、少し路地に入れば民家やスナックが並んでいた。
七日町駅から離れると、観光客の姿はあまり見えなくなり、地元の人が行き交っている様子であった。
私は、少し歩き疲れたので、路地の中の喫茶店に入ることにした。
喫茶店で、道中に書き記したメモや、クロッキーした人物画を見ながら、マンガのプロットを考えたり、キャラクターを考えたりした。
旅に目的は無くとも、行く先々で何か人の営みに触れて、そこからアイデアが浮かんでくる。
喫茶店で休憩したあとは、鶴ヶ城まで歩いて行けそうだったので、向かってみることにした。
帰りのバスの時間があるので、あまり長居はできないだろうが、見物ぐらいはしておきたい。
鶴ヶ城のお膝元には、立派な小学校があって、創業150周年だと言う。
遠くに天守閣が見えていた。
追手門の前には、お土産屋やご飯屋さんが並んでいて、観光客で賑わっていた。
本丸を見物したかったが、時間に余裕がなかったので、追手門から見上げるだけにして、引き返すことにした。
帰り道を探す。
私は、会津若松駅から出る東京行きのバスに乗らなければいけなかったが、なにせスマホを持っていないので、駅までの正確な道順と所要時間がわからない。
ここまで歩いた距離と所要時間から、おおよその所要時間を予想して引き返したが、もしかしたら見積もりを全然間違えていて、バスの発車時刻に間に合わないかもしれない。
時刻は夕方に差し掛かって、私はお腹が空いていたが、どこかで食事を取る時間があるかわからなかったので、とにかく駅の方向に歩き出した。
できるだけバスターミナルに近づいて、来た道に戻ることができたら、駅までの距離感と所要時間の、ある程度正確な算段ができるであろうから、空腹を我慢して、まずは歩くことにした。
引き返し始めたころには、道順が合っているのか自信が無かったが、30分ほど歩くと見慣れた道に出たので、バスの時間には間に合うであろう算段ができた。
食事は万が一を考えて、バスターミナルの隣にあったご飯屋さんにしようと思ったが、お店に着いたらすでに閉店していた。
まさか夕方にお店が閉まってしまうとは思わなかったので、誤算であった。
最初に通りかかったときに、目星はつけていたのに、営業時間を確認していなかったのは迂闊だった。
仕方がないので、私はバスターミナルに併設された売店で、パンとコーヒーを買って、小腹を満たした。
高速バスは、道中パーキングエリアで休憩をするであろうから、またお腹が空いたら、そのときに何か食べればよいと考えた。
バスターミナルでパンとコーヒーをいただいていると、テレビの撮影クルーが入ってきた。
お笑いコンビらしき2人組の男性と、ハリセンボンの何某さんが出演者のようだった。
(私はテレビを見ないので、お名前を存じ上げていなくて申し訳無い)
旅番組か何かの撮影のようで、チケットカウンターの人と、何か会話をするシーンを撮影していた。
出演者と撮影クルーの滞在時間は10分ぐらいで、あらかじめ決められた段取りに従って、みなテキパキと動いていた。
出演者3人も、無駄のない動きで撮影を進行して、プロフェッショナルな仕事ぶりだった。
出演者と撮影クルーは、時刻とスケジュールを確認して、急ぎ足で次の撮影現場に向かうために、バスターミナルを出て行った。
ADさんが、テレビに出演することになるバスターミナルのチケットカウンターの人から、承諾の署名をもらって、あとから撮影クルーを追いかけていった。
私は何から離れるために旅に出るのか。
帰りのバスは満席だった。
夕方に出て夜に東京に着くバスだったが、途中高速道路で渋滞するなどして、予定到着時刻を1時間程度超過して東京に着いた。
私は、帰りの道中、延々とネガティヴなことを考えてしまっていた。
旅先では、スマホを持っていないこともあり、一生懸命周りを観察して、いくつかバックアッププランを考えて、無事に帰るために色々なことに気を張っている。
しかし、東京行きの帰りの交通機関に乗れた時点で、家に帰れることが確定するので、気が抜けてしまって、考えても仕方のないことを、くよくよ考えてしまうのだ。
私は、少しでもそうゆう時間を減らしたくて、旅に出ているのかもしれない。
Reference
参考資料等です。
会津若松観光なび
キース・ジャレット「リオ」
會津の酒 末廣
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Photos
その他の写真です。
Taken by FUJIFILM X70
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2022年10月16日
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