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【短編小説】マスク〜僕らは素顔で生きていく〜 (中編)

※この物語はフィクションです


4.

妻と買い物がてら町をブラブラ散策していると、

とある少年に目が留まった。


今時マスクをしているので、

隣のT市からやって来たのかもしれない。



気がつけば、あの騒動から十数年。


ワシらは本来の姿を取り戻すことができて

すっかり普通の日常を過ごすようになったが、

あの騒動をきっかけに始まったマスク社会が

未だに続いている町もあると聞く。


T市から引っ越してきた知人の話では、

T市では未だにマスクの着用を促すアナウンスがメディアから流れ、

学校では「人間が生きるにはマスクが必要不可欠だ」

と教えられるらしい。


そういった話を信じ込んでいる人も中にはいるが、

多くの大人たちは

本心では事のおかしさをわかっている。


が、一度形成されてしまった空気にはなかなか抗えないようだ。


また、習慣とは恐ろしいもので、

今やT市に住む人の多くは「人間はマスクをして生活するもの」

という認識になっているらしい。


もしかしたらマスクをすることで、

顔の表情とともに、

心が感じる違和感も覆い隠しているのかもしれない。


そして、子どもはそれが当たり前の環境で育っているので、

友達や先生の素顔を知らないのは普通で、

ひどい場合は親の素顔を見たことない子どもまでいるとか。


そんなことがあるとは、

さすがに信じたくはないが。



先ほどの少年が、何やらキョロキョロしながら歩いている。


「迷子にでもなったのかな?」と思ったのと、

彼のことが何となく気になったので、

挨拶がてら声をかけてみた。


「こんにちは」




5.

町を歩いていると、中年の夫婦がこちらに向かって歩いてきた。


そのうちおじさんが不意に

「こんにちは」と声をかけてきた。


僕も慌てて

「こんにちは!」と返事をした。


「もしかして道に迷ったりしてるのかな?

それとも探し物?」


「いえ、森で遊んでいたら偶然ここにたどり着いて、

初めて来た場所なんで色々見ているところです」


「そうだったんだね。それはようこそ。

もし行きたい場所とかあれば案内することもできるから、

よかったら声をかけてね。

ワシらはそこのカフェにいるから」


おじさんはそう言って、おばさんと一緒に

目の前のカフェへ向かって行った。



そういえば、家族以外の人との会話で

相手の口の動きが見える状態というのは

初めてかもしれない。


話し終わった後、

おじさんの口の両端が軽く上に向いたのを見て、

なぜか僕は安心感を覚えた。


友達や先生と会っている時は

いつもお互いの目しか見えないけど、

その時には感じたことのない感覚だ。


でも、どこかで感じたことのある感覚...。


あ!森で他の生き物と遊んでいる時と同じ感覚だ!


相手と話をしている時、

顔の表面が変化するのが見えたり

口の動きがわかると、

僕はどうやらとても安心するみたいだ。



僕は、カフェへと向かう二人の後を追いかけた。


「あの、すみません!一つ訊ねたいことがあるんですけど...?」


「なんだい?」と、おじさんが振り返りながら柔らかい声で言った。


僕は、自分の中でパンパンに膨らんでいた疑問を、

思いきっておじさんに聞いてみた。


「ここにいる人たちは、なぜマスクをつけていないんですか!?

みんな元気で健康に見えるけど、

マスクをつけなくても大丈夫なんですか!?」




6.

「質問が二つだね(笑)

まず二番目の質問に答えると、マスクをつけなくても大丈夫だよ。

この町にいる人は誰もマスクをつけないけど、もちろん元気で健康だ」


おじさんは口を縦や横に動かしながら言った。


「そして最初の質問。

なぜマスクをつけていないかは、

一言で言うならつける理由がないから、って感じかな」


そう言いながら、おじさんは隣にいるおばさんの方を向いた。


「そうね。私たちもこの町にいる人たちも、

誰もマスクが必要だなんて感じてないでしょうね。

そもそも、ずっとつけてたら健康にも良くないし」


おばさんがそう言ったのを聞いて、僕は驚いた。


「え!?マスクをつけるのは健康に良くないんですか!?」


「そりゃあそうよ。

だって、マスクをずっとつけてたら苦しいでしょ?

苦しいってことは、カラダにとって良くないってこと。

それを我慢して続けるなんて不健康だわ」



言われてみれば、たしかにそうかもしれない。


いや、本当は薄々感じていた。


時々、原因不明の頭痛や体調不良になるけど、

森でマスクを外して遊んでいると、それが和らいでくる。


色んな可能性を考えたけど、

考えれば考えるほどマスクが原因だとしか思えない。



僕が黙って考え込んでいると、おじさんが

「よかったら一緒にデザートでも食べないかい?

初めての町にやって来た記念に、君が好きなものをごちそうするよ」

と言ってくれた。


カフェの店頭に飾ってあるパフェの見本が美味しそうだったのと、

もっと色んな話を聞いてみたいと思った僕は、

「いいんですか?お願いします!ありがとうございます!」

と返事をして、二人と一緒にお店に入っていった。



お店に入る時にマスクを外してみたけど、

ほっぺたが感じる風は心地よく、

その風が運んでくる料理の香りは僕の心を躍らせた。


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