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イーデン・フィルポッツ『孔雀屋敷 フィルポッツ短編傑作集』感想

イーデン・フィルポッツ/武藤崇恵・訳『孔雀屋敷 フィルポッツ短編傑作集』東京創元社, 2023


収録短編あらすじ

孔雀屋敷 Peacock House(1926)

教師をしているジェーン・キャンベルは、夏の休暇にダートムアのふもとに建つポール館へやってきた。ポール館には、幼い頃に亡くなった父の友人・グッドイナフ将軍が住んでおり、招待してくれたのだ。
ある日、ジェーンは散策途中に孔雀が住む独創的な屋敷へたどり着いた。そこで、二人の男と一人の女の諍いの果てに起きた殺人を目撃する。
しかし、数日たっても殺人は報道されず、再び屋敷のある場所を訪ねると、そこは既に廃墟になっていた。
将軍に廃墟を発見したことを告げたジェーンは、廃墟はかつて孔雀屋敷と言われたこと、そして屋敷にまつわる忌まわしい過去を教えてもらう。

ステパン・トロフィミッチ Stepan Trofimitch(1926)

1870年代のロシアの小村アーシンカに暮らす農夫ステパン・トロフィミッチ。この村の住民は、ニコライ・クリロフ伯爵の横暴に苦しんでいた。
ステパンは、同志達と行ったくじ引きの結果、実行者に選ばれた。
その頃、伯爵の家にはジョン・ジェソップという英国の青年が、息子の英語教師として滞在していた。ある日、彼の目の前で伯爵が銃撃される。
弾は伯爵に当たらず、犯人としてステパンが捕まった。
司法には渡されず、嗜虐趣味の伯爵にいたぶられるステパン。
政治的信念のもとに起きた事件の顛末が行き着く先は……。

初めての殺人事件 My First Murder(1921)

警察官を引退した私は、青年時代にポンズワージーで起きた、初めて遭遇した殺人事件での捜査を回想する。
それは、善人としか思えないウイリアム・ウェドレイクが刺殺された事件だった。動機のある者も見つからず、捜査は難航していた。
しかし、私はあることを偶然目撃しており、若さ故に独自に捜査をしようと動き出したのだった。

三人の死体 Three Dead Men(1921)

探偵事務所の所長マイケル・デュヴィーンから、カリブ海にあるバルバドス島で起きた事件の調査に行ってみないかと勧められた語り手。
事件は、サトウキビ農園〈ペリカン〉プランテーションで三人の男が殺された事件だった。誰もが殺されるだけの動機を持たず、その状況も不可解極めていた。
関係者に話を聞いて、殺害された三人の人間について理解を深めていくが、事件は解決に向かうどころか、ますます不可解になっていく。
果たして、夜の〈ペリカン〉プランテーションで、一体何が起こったのだろうか?

鉄のパイナップル The Iron Pineapple(1926)

コーンウォール洲にある港町ビュードで、食料雑貨店を営んでいるジョン・ノイ。
彼は、昔から気になった物に強迫的に執着をしてしまうところがあった。
その間は、その他のことなどどうでもよくなるのだ。
ある時ジョンは、最近良く見る絵描きに異常に嫌悪感を覚え、鉄のパイナップルに狂おしいほどの愛情を持つようになった。
次第に、この二つを一つに融合しなければとジョンは考え始める……。

フライング・スコッツマン号での冒険—ロンドン&ノースウェスタン鉄道の株券をめぐる物語 My Adventure in the Flying Scotsman: Aromance of London and North-Western Railway Shares(1888)

ジョン・ロットは、自分をかわいがってくれた女性が亡くなったため、住居であるオーク荘へ憂鬱な足取りで向かっていた。
幼き日に母が再婚し、義父となった男の息子・ジョシュアと顔を合わせるかもしれないからだ。
とある理由により殺意を持たれるほどに嫌われており、悪辣な人物であるジョシュアなら、実際にやりかねないと思っていたのである。
オーク荘に着いて、亡くなった女性の寝室へ行くと、一瞬ジョシュアの影が見えた。その後、ジョシュアが亡くなったと電報が届くが、信用できないジョン。当然、遺産とともに屋敷に残るなんて出来ない相談だった。
その時、弁護士の助手・ソレルが一夜の番に立候補した。
その後、不可解な出来事が起こり、フライング・スコッツマン号へ舞台が移っていく。

感想(全体+個別)

フィルポッツは『だれがコマドリを殺したのか?』(1924)『闇からの声』(1925)『溺死人』(1931)に次ぐ4冊目の読書で、初めての短編になります。

フィルポッツらしく風景描写が多く、風景の変化で登場人物の心情やサスペンスの空気を感じさせてくれます。

ジェーンは美しい風景の重要性を理解しており、奇抜さを狙ったり、表面的に技巧でとり繕ったりする作品には懐疑的だった。そして一見したところ凡庸に思えるかもしれない風景も、たとえるならば遁走曲のようなもので、辛抱強く長時間観察すればその豊かな美や意義を感じとることができると、経験を重ねたおかげでわかっていた。

イーデン・フィルポッツ/武藤崇恵・訳『孔雀屋敷 フィルポッツ短編傑作集』東京創元社, 2023, p24

これは、ジェーンの性格を表す描写でありながら、フィルポッツ自身の考えも含まれているのではないかと感じました。

謎解きミステリーとして見ると、当時のミステリ作家達の作品と比べると弱い作品が多いですが、風景描写や物語の展開など、小説としてはさすがベテラン作家という筆運びだと思います。

フィルポッツの興味は、常識から逸脱してしまう人や、大きな渦に巻き込まれる人を描く事にあり、そのために便利であり大衆からも求められている、ミステリーと言う形式を多く採用したのかなと改めて思いました。

フィルポッツは有名な『赤毛のレドメイン家』や、探偵ジョン・リングローズが再登場し比較的評価も高い『守銭奴の遺産』など、読んでみたい作品があるので、今後ものんびり読んでいこうと思います。

本短編集の個人的なベストは、物語全体としては「孔雀屋敷」、ミステリーとしては「三人の死体」になります。

以下、個別感想(ネタバレあり)


孔雀屋敷(1926)

千里眼の力により過去を目撃するという超常現象が絡みますが、読後はしっかり現実的なミステリーです。
やはり、主眼はグッド・イナフ将軍がどのような人物で、どのような気持ちだったのかにあるのだと思います。

「人間の性格を判断する根拠とすべきなのは、行動を起こした動機ではなく、行動の結果だ。そこにこそ性格が表れるものだからな」

イーデン・フィルポッツ/武藤崇恵・訳『孔雀屋敷 フィルポッツ短編傑作集』東京創元社, 2023, p52, グッドイナフ将軍がジェーンと事件を論じている時に語った性格についての意見

将軍も言っているように、現在の将軍を見る限り、当時も歴史で語られているほど悪人ではなかったと思いたいところです。
ただし、興奮していたとはいえ殺人の場から逃げたというところが、彼の弱さを表してもいると思います。
それに、本当にすれ違った時にジェーンに気づかなかったのか?
個人的には、瞬間的に記憶に残ったのではないかと思っています。

ステパン・トロフィミッチ(1926)

一人の独裁者により苦しめられる村の空気や、嗜虐趣味の伯爵にいたぶられるステパンの描写で、終始痛々しく、重苦しい物語。
途中までは物語の行き着く先が分からず、ジョン・ジェソップが密かに消されることもあるかもとドキドキしました。
不可能犯罪を扱った話ではあるが、この話の個人的な面白さはオチの皮肉さにあると思いました。足の悪い娘がどうなったのか、気になっています。

初めての殺人事件(1921)

手柄をあげたい若者が独自に捜査を行う、ちょっとした小話。
ページ数が短いこともあり、特にひねりがあるわけでもなく、箸休め的な内容でした。

三人の死体(1921)

ミステリーとして見た場合、本書の代表作となる短編だと思います。
事件を解決するだけの物証が無い中、報告書を読み込んだ所長が、死んだ三人の性格を丁寧に分析することで、これ以外には考えられないという仮説を組み立てる解決編を読むと、所長と同じ仮説を立てるための手がかりが、語り手の調査の中でいくつも触れられていることが分かります。

所長も言っているように、物証は無く性格のみから組み立てた推理ですが、事件自体に関係のある人物が少ないこと、現場の不可思議性の説明がしっかりできている事から、納得度は高くなっています。
所長の報告書を読む前に、ある程度真相を思いついたのは嬉しかったです。

物語的には大英帝国が植民地を持っていた時代の話の為、島の描写や島民の性格分析などに、その時代の名残が濃く表れています。現代に読む時は、今から100年前に書かれたと理解して読む事が大切です。

鉄のパイナップル(1926)

世にも奇妙な殺人事件の告白書です。
この話でも、大切なのは人の性格になります。
強迫的に物事に執着してしまう男が、日常生活や道徳すらも関係なくなり、己の平穏を求めなければならないという姿が、現在の穏やかな男の口から語られていくさまは、冷静な怖さが漂っていました。
男は窃盗と殺人の罪を犯していますが、殺されたのも結果的には稀代の詐欺師でした。男にとっては過ぎ去った過去ですが、果たしてそれで良いのか。
行為における責任の所在、動機の重要性への疑義、行為に理由をつけることの危険性など、色んなことを考えられる話でした。

フライング・スコッツマン号での冒険(1888)

「ジョン・ロット氏の冒険」という感じの物語で、内容としては軽く読める大衆小説という感じでした。
主役である善人な小心者、ジョン・ロットがあまりにも弱々しいので、後日別人に語った物語であると分かっているにも関わらず、「大丈夫?、ジョン大丈夫?」となって、結構夢中に読む事が出来ました。
日本で紹介される作品は、ミステリー的な作品を多く書いた1920年代以降の話が多いため、最初期の作品を読める事にも価値がありました。

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