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アガサ・クリスティー『招かれざる客』The Unexpected Guest(1958)紹介と再読感想

アガサ・クリスティー 深町眞理子訳『招かれざる客』早川書房, 2011(電子書籍)


あらすじ

霧の濃いある晩。サウス・ウェールズにあるウォリック家のリチャードの書斎に、スタークウェッダーという男が訪ねてきた。
車が溝にはまってしまったため助けを求めに来たスタークウェッダーは、車イスの上で死んでいるリチャードを発見した。
書斎の中にはもう一人、リチャードの妻・ローラが銃を手に持ち茫然と立っていた。
彼女は、スタークウェッダーの質問に答える形で自分が殺した事を認めた。
スタークウェッダーはローラに次々と質問を重ね、リチャードの非情な性格を知る。
話を聞いたスタークウェッダーは、事後従犯になる決心をし、犯行現場に細工を始めた。
その後、警察が来て調査を始めるが、事件は混迷を極めていく。


紹介と再読感想(ネタバレなし)


戯曲『評決』がうまく行かなかったため急いで書き上げたと言われている『招かれざる客』ですが、舞台ならではの面白い物語になっています。

誰がリチャードを殺したのか、スタークウェッダーは騎士道精神だけで犯行現場の偽装をしたのか、それぞれの人物の真意とは、と多くの疑問を持ちながら物語の推移を見守って行く事になります。

クリスティーの兄の晩年のエピソードも利用しているリチャードは、生きている姿が一度も出てきていないのに濃いキャラクター付けがなされています。
銃で庭に来る動物やご婦人を撃つのが創作ではなく、実際にあった事だと言うのに驚いたものです。

その仕掛けから何を話してもネタバレになりやすい話ですが、ネタバレにならない範囲で言うと、人の主観はどのような可能性も産み出してしまうという物語だったと思います。

この戯曲はキャラクターの演じ方によって、それぞれのキャラクターの印象がかなり変わってしまう内容だと思うので、舞台上で演じられている物を一度見てみたいと思います。

オリジナルのミステリー戯曲だけでも『ねずみとり』『検察側の証人』『蜘蛛の巣』『招かれざる客』と、物語のジャンルを被らせず面白い作品を量産していた、50年代らしい良作だと思います。


紹介と再読感想(ネタバレあり)

本作はリドル・ストーリーとなっており、スッキリと解決を示して終わる物語となっていません。

ここまでのクリスティーのミステリー戯曲は、小説にすると中編程度の長さに必要なだけの情報をしっかり組み込み、最後の真相へ繋げるという書き方でしたが、今回は敢えて作中だけでは決め手になる客観的な情報が乏しくなるように描いており、そのまま終盤まで雪崩れ込んでいきます。

殺人は物語が始まる前に終わっており、あるのは登場人物の話す会話の内容だけです。
しかも、誰もが信用できるほどの情報もなく、証言内容も主観による取捨選択や捏造がなされています。

そのため、最後に現れた2人の自称犯人が真犯人だという証拠は一つもありません。
ある意味では、長編ミステリー小説で本格的に調査が始まる前に、劇的に終幕を迎える物語と言えるかもしれません。

だからこそ、どのような意図でどのように演じるのか、演出家や役者の物語をどのように観客に受け取ってもらいたいのか考えて芝居を作る力を試されていそうだと思いました。


チャールズ・オズボーンによる小説化

チャールズ・オズボーン 羽田詩津子訳『アガサ・クリスティー 招かれざる客』講談社, 2002

クリスティー研究家のチャールズ・オズボーンによる戯曲の小説化の一作です。
一部台詞の追加はありますが、忠実な小説化となっています。
ただし、『ブラック・コーヒー 小説版』と同じく文体はクリスティー的ではなく固めなもので、『ブラック・コーヒー 小説版』にあった舞台上の場面から離れたちょっとした追加のシーンもありません。
そのため、小説という形式で読みたい人や、クリスティー関連書籍は全て目を通したい人向けになると思います。


映像化

『L'ospite inatteso』(1980/伊) ※日本未紹介

言語が分からないため細かいニュアンスは分かっていませんが、『Verso l'ora zero』(戯曲 ゼロ時間へ)、『La tana』(戯曲 ホロー荘の殺人)と同じく、戯曲の台本をそのままドラマ化したような作品です。
戯曲通りリチャードの書斎をメインに展開されますが、庭や書斎に繋がるホール、玄関なども使用して動きを出しています。

言葉が分からないため正しい評価が難しいのですが、ドラマとしての演出もしっかりつくため結構面白く見れたので、戯曲の内容そのものを見たい時には良いと思います。

Michael Starkwedder/Paolo Bonacelli
   Laura Warwick/Paola Pitagora
  Richard Warwick/Armando Landolfi
    Miss Bennet/Micaela Giustiniani
    Jan Warwick/Giovanni Crippa
      Mrs. Warwick/Elisa Cegani
    Henry Angell/Carlo Reali
Sergente Cadwallader/Bruno Marinelli
  Ispettore Thomas/Renato Mori
    Julian Farrar/Roberto Posse


『霜降山荘殺人事件』(1980/日) ※未見
 脚本:加来英治(栗原英治) 演出:荻野慶人
 出演:栗原小巻、林 隆三、高峰三枝子、金田賢一、真行寺君枝、中谷一郎、ほか


『招かれざる客/富士山麗連続殺人事件』(2001/日)
 脚本:橋本以蔵 演出:伊藤寿浩

舞台を現代日本へ移したドラマ化になります。
光寛が秋江へ直接的な暴力を振るい、青山が分かりやすく愛人キャラになり、貴子が秋江や朋美に厳しいなど、登場人物周りのアレンジ仕方は定番2時間サスペンスになっています。

それに負けじと、物語も原作のプロットを利用しながら、連続殺人事件に変更し、恐ろしいほどにドロドロの愛憎が蠢く2時間サスペンス的なアレンジとなっています。結末も原作の要素を利用しながらと別物になっていました。

秋江は殺してないと分かる展開になっており、主に秋江視点と警察視点で展開していきます。
原作のスタークウェッダーにあたる倉茂の怪しさが色濃く出ており、雰囲気を盛り上げていました。

アレンジの癖が強く、言われないとクリスティー原作だとは分からない作品ですが、単発2時間サスペンスドラマとして中々楽しめるため、2サス好きなら見て損はないと思います。

  深田秋江/浅野ゆう子
  広瀬朋美/野際陽子
  倉茂恭平/三田村邦彦
  深田貴子/佐々木すみ江
 長谷川刑事/宇梶剛士
佐藤刑事部長/伊藤雅人
  深田光寛/清水明博

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