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メグレ長編42『メグレの途中下車』Maigret a peur(1953)紹介と感想

ジョルジュ・シムノン 榊原晃三訳『メグレの途中下車』グーテンベルク21, 2004


あらすじ

ボルドーで開催された国際警察会議の帰り、メグレは列車に揺られていた。
大学時代の学友であり、地元で予審判事をしているシャボに会いにフォントネイ=ル=コントへ行くところだった。
しかし、道中で会う人々から事件の為に街を訪れたと思われるメグレ。
町では、4日前から連続殺人と思われる2件の殺人事件が起きていた。
しかも、メグレがシャボと再会したその時に、3件目の殺人が起きたと連絡が入った。
町では、ヴェルヌー家・クルソン家を中心とした上流の人々と、それ以外の住民との間に深い断絶があった。
いつもと違う環境の中で、私人としてのメグレが事件に関わっていく。

紹介と感想

物語の最初、列車に揺られるメグレの姿が印象に残る場面から始まる今作は、メグレが地方で一人活動するタイプの作品になります。

かつての友人の住んでいる町で起きた殺人事件の捜査は、パリのように人員を駆使して捜査ができず、地元の人間の顔色もそもそもメグレには捜査権がありません。

住民も警察関係者もがメグレのことを信用に足るか探っている空気の中、メグレはいつものように事件に流れる人間性を追っていく事になります。

上流階級と庶民の諍いが物語には流れ続けており、人に対する偏見、自分をも騙すための虚勢など、自分の立ち位置から来る役割を必死に誇示しようとする人間の姿が描かれていました。

せっかく友人に会いに来たのに、陰惨な事件に巻き込まれたメグレですが、数少ないながら悲哀交じりのユーモアもありました。
シャボの母親を悲しませないために、たいして好きではないチョコレート・シュークリームを少なくても4つは食べたメグレは微笑ましかったです。

ユベールの初登場の姿と最後の姿の差に、彼がどれだけ無理をして生きて来たのかが現れていました。

皆が顔見知りの故郷で生まれ、故郷で仕事に着き、地元の人間の顔色を見ることが染みついたシャボですが、その中で誠実な仕事をしようと悩んでいるのもわかりました。

メグレもシャボも引退までは後3年あります。
もしかしたら、最後にメグレ夫人が言ったようにすれば、少しは気苦労も減るのかもしれません。

パリの街並みでは描けない、アウェイな環境を舞台にした事件を描いた物語として面白く読む事が出来ました。

「しあわせな人間がいるんでしょうか?」
「少なくとも、ある時期は、しあわせな人間はいるさ。あんたはふしあわせかね、ヴルヌー君?」
「ぼくですか、ぼくなんか問題じゃありません」
「でも、あんたは喜びの分け前を手にいれようとしている」
 こわい目がメグレをじっと見すえた。
「何を言いたいんですか?」
「何にも。あるいは、あんたがその気になれば、絶対的にふしあわせな人間は存在しないよ。みんな、それぞれ、何かにかじりついて、一種のしあわせを創造するのさ」

ジョルジュ・シムノン 榊原晃三訳『メグレの途中下車』グーテンベルク21, 2004
「第五章 ブリッジの勝負」より アランとメグレの対話

映像化

ルパート・デイヴィス主演(英)
 シリーズ4 第2話『The Fontenay Murders』(1963) ※日本未紹介

ジャン・リシャール主演(仏)
 第29話『Maigret a peur』(1976) ※日本未紹介

ブリュノ・クレメール主演(仏)
 第24話「メグレの途中下車」(1996)


メグレシリーズ 既読作品リスト

現時点での読了リストを自分用のメモとして書いておきます。
☆がお気に入り、〇がお気に入りには後一歩だけど良いと思った作品です。
全て現時点での評価になります。

長編
〇03.サン・フォリアン寺院の首吊人(1930)
 06.黄色い犬(1931)
☆07.メグレと深夜の十字路(1931)
☆09.男の首(1931)
 14.サン・フィアクル殺人事件(1932)

☆21.メグレと超高級ホテルの地階(1942)
☆25.メグレと奇妙な女中の謎(1944)

☆29.メグレと殺人者たち(1947)
☆35.メグレと老婦人(1950)
☆36.モンマルトルのメグレ(1950)
☆38.メグレと消えた死体(1951)
☆39.メグレと生死不明の男(1952)
☆41.メグレとベンチの男(1952)
〇42.メグレの途中下車(1953)
☆44.メグレと田舎教師(1953)
☆45.メグレと若い女の死(1954)
☆46.メグレと政府高官(1954)
☆47.メグレ罠を張る(1955)
〇48.メグレと首なし死体(1955)
☆53.メグレと口の固い証人たち(1958)
 62.メグレと幽霊(1964)
☆63.メグレたてつく(1964)
〇64.メグレと宝石泥棒(1965)
〇72.メグレと老婦人の謎(1970)
 73.メグレとひとりぼっちの男(1971)

中短編
 01.首吊り船(1936)
 02.ポールマルシェ大通りの事件(1936)
 03.開いた窓(1936)
 04.月曜日の男(1936)
 05.停車──五十一分間(1936)
☆06.死刑(1936)
 07.蠟のしずく(1936)
〇08.ピガール通り(1936)
☆09.メグレの失敗(1937)

☆10.メグレ夫人の恋人(1939)
☆11.バイユーの老婦人(1939)
〇12.メグレと溺死人の宿(1938)
☆13.殺し屋スタン(1938)
☆14.ホテル“北極星” (1938)
〇17.メグレと消えたミニアチュア(1938)
〇19.メグレとグラン・カフェの常連(1938)

 20.愚かな取引(1939)
☆21.街中の男(1940)

☆24.メグレと無愛想な刑事(1946)
☆25.児童聖歌隊員の証言(1946)
〇26.世界一ねばった客(1946)
〇27.誰も哀れな男を殺しはしない(1946)
☆28.メグレ警視のクリスマス(1950)


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