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酉島伝法『るん(笑)』(2020)紹介と感想

酉島伝法『るん(笑)』集英社, 2023


収録作あらすじ

三十八度通り(2015)
土屋は三十八度の微熱が続いていた。解熱剤を飲んだことを妻に怒られ、身体も頭も怠い中でも仕事は休めない。
仕事へ行く途中に同じマンションの藤巻等と贄を龍の身体に投げに行った。
その後も、体調は悪くなり続ける。
一緒に暮らしていた真弓は出て行ってしまい、いつの間にか日常の風景も大きく変って行くなか、土屋は動き続ける。

千羽びらき(2017)
真弓の母は、蟠りの末期状態だった。
丙院に入院して少し回復するが、家族の意向もあり退院、家で施靈を受けながら療養することになった。
頭の中では、小さい頃から今までの様々な記憶が思い起こされる。
中でも、猫を飼えなかった事だけは心残りだった。

猫の舌と宇宙耳(2020)
小学四年生の真は、納得のいかないこともあるけど、騒がしい学生生活を送っていた。
ある日、お祖父ちゃんの店のロールケーキを食べると口の中に白い毛が入っていた。
光くんは、特定有害動物として駆除され、絶滅したと思われている猫のものだと言う。
それから暫くして、クラスメイトの平田くんが転校することになり、記念に禁じられたすづか山へ入ってみることになる。


紹介と感想

図書館漫画『税金で買った本』で本書の存在を知ってから書名が気になり読んでみたいと思っていました。

読む前に特別強いイメージがあったわけではないですが、ぼんやりと思っていた内容とは全く違う作品だったのは間違いありませんでした。

舞台は科学が危険なものと忌み嫌われ、自然信仰が優位になった社会です。
しかし、読んでいくうちに、そんな単純な対立だけではない、盲目的な信仰による荒んだ社会が見えてきます。

物語は3話とも不条理なもので、どの話も主人公の一人称に陰があるなか、言葉のえらびかたや挟まれるエピソードにはユーモアが漂います。

しかし、現代日本とはあまりにも異質すぎる社会に、そのユーモアに寒気を感じる瞬間があり、自分も自分の常識という枷からは逃れられないということを認識することになりました。

現実の社会にも多くの不満がありますが、『るん(笑)』の世界は絶対に嫌だと思います。
それでは、理想の社会とは何なのか。それは分かりませんが、少なくとも
何かを盲目的に信用するのではなく、自分で考えることが必要なことだけは分かります。

第3話の主人公・真が最後に感じたことは、自分も読みながら思っていたことでした。
その真実に触れる話も読んでみたいと思う気持ちと、このまま不条理でいて欲しい気持が同時に残る読後感でした。

「言靈を侮ってはなりません。すでに次元上昇の済んだ所では、るん、と呼んでいます。邪気を祓う力を秘めた強い言靈です。じきに全国的にも広がるでしょう」
「るん、ですか」とあのひとが戸惑った声を発した。
 粕谷さんは翡翠色の万年筆を取り出し、和紙に「るん(笑)」と書いた。
「この、最後のは」
「必ず笑顔で、という意味です。悲観スパイラルを作らないことが大事ですから。奥さん、声に出してみてください」

酉島伝法『るん(笑)』集英社, 2023, p.158
るん(笑)についての説明

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