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法月綸太郎『法月綸太郎の冒険』(1992)紹介と感想

法月綸太郎『法月綸太郎の冒険』講談社, 1995

著者の本は、クリスティーに関する考察を描いた「カーテンコール」を読むために『法月綸太郎の消息』を読み、「引き立て役倶楽部の陰謀」を読むために『ノックス・マシン』を読んで以来、約5年ぶり3冊目になります。


収録短編あらすじ

死刑囚パズル(1992)

死刑囚・有坂省二は、松山所長の計らいでお茶と饅頭を口に入れ、後は刑の執行を待つばかりだった。
しかし、執行直前に激しい痙攣状態に襲われ、そのまま息を引き取った。
死因は急性ニコチン中毒。死刑直前の人間が殺されるという異常な事態が起こったのだ。
隠密に捜査を行いたい所長と検事は、法月警視と法月綸太郎の親子に捜査を依頼した。

黒衣の家(1990)

当麻規介が亡くなり、葬儀のために当麻家には親戚が集っていた。
その中には叔父の後ろ姿を追い警察官の道を進んだ法月貞雄と、息子の綸太郎もいた。
皆が集っている場で、絶縁状態で十二年ぶりに顔を会わせた規介の妻・佐代と次男の克樹が言い争いになった。
それから三週間後、小学生の孫・澄雄の手から味噌汁を受け取った佐代が、農薬を飲んで死んだ。
犯人は澄雄しか考えられない状況のなか、法月警視は息子に助けを求めた。

カニバリズム小論(1991)

大久保信という男は、数年間同棲していた彼女を些細な喧嘩から殺してしまった。
彼は、警察に捕まるまでの五日間、死んだ彼女の肉を調理し食べていたのだった。
大久保と友人だった法月綸太郎は、その動機についてある解答を考えた。
その結論の妥当性を得るために、カニバリズムに詳しい大学時代から付き合いのある男の元へと足を運ぶ。

切り裂き魔(1990)

区立図書館所蔵の多くの推理小説の冒頭数ページが切り取られていることがわかった。
司書の沢田穂波に惹かれて足繁く図書館へ通っていた法月綸太郎は、事件の解決を依頼される。
被害にあった本を一冊一冊確認すると、とても丁寧に切り取られていた。
なぜ、犯人はこんなことを繰り返してるのだろうか。

緑の扉は危険(1991)

穂波にうまく乗せられ、最近自殺した菅田邦暁の自宅へ行くことになった綸太郎。
邦暁は大富豪の幻想文学マニアで、自分が死んだら蔵書を区立図書館へ寄贈することになっていた。しかし、邦暁の妻は寄贈に乗り気ではない様子。
彼は自身の書斎で首を吊って死んでおり、現場は密室になっていた。書斎には緑に塗られた扉があり、邦暁は『自分がこの世を去る時、〈緑の扉〉が開かれるだろう』と言っていたが、現在まで開かれることはなかった。
綸太郎は、事件の可能性も含めて調査を開始する。

土曜日の本(1991)

穂波と話しながら、綸太郎は悩んでいた。凸川編集長から出された『五十円玉二十枚の謎』テーマの短編依頼のアイデアが浮かばないのだ。
この企画は若手作家の競作となっており、綸太郎もその一人に選ばれていた。
そこへ、以前の事件で知り合いとなった松浦が綸太郎に相談へやってきた。
松浦と同じゼミの倉森詩子がバイトしている書店へ、毎週土曜日に五十円玉二十枚を千円札に両替して欲しいと希望する男が現れるようになったのだ。
綸太郎は、実際に書店へ足を運び男の尾行を行うことにした。

過ぎにし薔薇は……(1992)

毎日複数の図書館で、天小口を見ただけで本を選んで借りていく女。
しかも、返却時には必ず"ROSE IS A ROSE IS A ROSE IS A ROSE."と印刷されてある栞が挟んである。
彼女は本間志織という若手の装丁家で、最近休職中とのことだった。
この行動には何か事情があると感じた綸太郎達は、その動機を調べ始める。


紹介と感想

本書は、法月綸太郎シリーズの第一短編集になります。収録作品中「死刑囚パズル」のみ中編の分量となっています。
物語としては、前半3編が悲劇性の強いシリアスな内容、後半4編は日常の謎が多く明朗な空気感で進む作品となっていました。また、ホワイダニットを中心に据えた話が多かったです。

「死刑囚パズル」は、テーマがテーマだけに死刑制度についても考えてしまう内容になっていました。
また、〈図書館シリーズ〉は、著者自身が文庫版あとがきで述べているように、個人情報の扱いに問題はありますが、個人的にはリアリティが重要視される作品や、それが物語上のテーマとして重要になってくる作品以外ではあまり気になる方ではないので、許容範囲内でした。

著者の本では初めてストレートにミステリーな作品集を読んだので、著者独自の特徴はまだ分かりませんでしたが、素直に楽しめました。
今後、法月綸太郎シリーズの長篇も読み、著者の特徴やキャラクターとしての綸太郎について知っていきたいと思います。

収録作では、中編の分量を余すところなく使い、事件の実行可能性について一つ一つ検討をしていくことで、18人の容疑者から1人の犯人を指摘する「死刑囚パズル」、ストレートに密室殺人を扱った「緑の扉は危険」、企画物の空気が楽しい「土曜日の本」が好きでした。

「直感的な飛躍によって、真の動機を把握するためには、まだ機が熟していないのです。決定的な瞬間は、できごとの最後のシークエンスで、突然やってくるものです。私はその瞬間まで、合理主義的方法に基づいて、事実を積み重ね、それらの相互関数を変換して、あり得ないことをひとつひとつ排除していくよりないのです」

法月綸太郎『法月綸太郎の冒険』講談社, 1995, p.82-83
三原教誨師に動機を持つ者を探した方が良いのではと言われた際の綸太郎の言葉

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