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クリスティー短編の魅力を伝える良作『アガサ・クリスティー・アワー』(1982)ドラマ概要+「仄暗い鏡の中に」「車中の娘」 紹介と感想

クリスティーのノンシリーズ短編8話とパーカー・パインから2話をドラマ化したドラマシリーズになります。
どの話も大筋は原作に沿いながら、ドラマとしてのアレンジが上手く面白い話が揃っています。

純粋な謎解きストーリーは無く、サスペンスからホラー、ロマンスを扱った作品が多いのが、他のクリスティー映像化とは違う特徴になります。
また、描かれる時代は、全て執筆当時の1920~30年台です。

ポワロやマープルがいなく、有名作品ではない中でも、しっかり受け入れられ高視聴率を得ていたようです。
また、クリスティーの映像化作品を包括的に論じた本『AGATHA CHRISTIE on Screen』の著者Mark Aldridgeも、「クリスティの最も魅力的な要素のいくつかが含まれているし、(中略)これまでの映画化ではほとんど掘り下げられなかった作家の一面が強調されている」と高評価でした。

ポワロやマープルだけでは味わえない、多面的なクリスティーの魅力を伝えてくれる良いドラマです。
特に好きなのは「中年夫人の事件」「第四の男」「青い壺の秘密」「ジェインの求職」「エドワード・ロビンソンは男なのだ」になります。

それぞれの短編は、現在もクリスティー文庫などで全て読む事が出来ます。
また、既に絶版ですが新潮文庫の短編集『青い壺の謎』が、ドラマ放送当時にイギリスで出版された本の翻訳で、ドラマ化された全ての作品をまとめて読む事が出来ます。


ドラマ概要

題名:THE AGATHA CHRISTIE HOUR
製作:テムズ・テレビ/イギリス/1982年
話数:全10話
時間:51分

01.中年夫人の事件 The Case of the Middle-Aged Wife
02.仄暗い鏡の中で In a Glass Darkly
03.車中の娘 The Girl in the Train
04.第四の男 The Fourth Man
05.不満軍人の事件 The Case of the Discontented Soldier
06.マグノリアの香り Magnolia Blossom
07.青い壺の秘密 The Mystery of the Blue Jar
08.赤信号 The Red Signal
09.ジェインの求職 Jane in Search of a Job
10.エドワード・ロビンソンは男なのだ The Manhood of Edward Robinson


第2話「仄暗い鏡の中で」In a Glass Darkly

原作:アガサ・クリスティー「仄暗い鏡の中で」(1934)
   早川書房『黄色いアイリス』所収
脚本:ウィリアム・コーレット
演出:デズモンド・ディヴィス

あらすじ
親友のニールに招待されて訪れた屋敷で、マシューは不思議な体験をする。
ニールの妹・シルビアの婚約パーティーへ出席するために鏡の前で準備をしていると、鏡の中に男が女を絞め殺している姿が見えたのだ。男の左首には傷痕があった。
シルビアに紹介されたマシューは、シルビアこそが鏡の中で絞殺されている女性であり、婚約者のチャールズの左首には傷痕があることを確認した。
誰にも話すことができず苦悩するマシューだったが、屋敷を経つ前日にシルビアへ打ち明けてしまう。

その後、フランスの戦場で再会したニールから、シルビアはチャールズと結婚しなかったと知らされるマシュー。
長い戦争の中で、ニールは戦死し、マシューも大怪我をしてイギリスへ送られる。
帰還後、シルビアと結婚したマシューだったが、戦争の傷跡が日常生活に長い影を落としてしまい……。


紹介と感想
クリスティーの幻想小説からの映像化です。
元々BBCラジオ用に書かれたのが関係しているのか、原作は文庫本にして10ページ程度の小品となっています(直前に提供した「ミス・マープルの思い出話」のような話が欲しかったBBCに断られ、ラジオドラマとしては放送されなかったようです)。
原作は全てが終わった後に主人公が物語を振り返る形式で展開されますが、現在進行形のドラマとして原作を上手く膨らませていました。

鏡の中に見えた幻想から始まり、中盤は戦場の厳しさの中でマシューが擦り減っていく様子を丁寧に描写し、再びイギリスに舞台を移してからが物語の本番となります。

PTSDに苦しみ、周囲の人間とも上手く付き合えず、シルビアへも辛く当たるマシュー。
物語最初の明るさが消え去り、どんどん厳しい顔つきになっていくマシューを追う物語は、苦しくも先が気になる作りになっています。

また、幻想小説ですが、物語に合わせた軽いトリックが仕込まれている事で、謎解きに近い快感も味わうことができるようになっています。

シルビアは、結婚する前から幻影の正体について気づいていたのだと思います。
その上で、マシューを選び信じ続けてきた愛の深さも感じることができました。

最後、幻影の力によって力技でまとめたようなところもありますが、個人的には原作以上にドラマで観たときの方が面白さを感じることができた良いドラマ化でした。

出演
マシュー/ニコラス・クレイ
シルビア/エマ・パイパー
 ニール/ショーン・スコット
 アラン/ジョナソン・モリス
 デレク/ニコラ・ル・プレヴォスト


第3話「車中の娘」The Girl in the Train

原作:アガサ・クリスティー「車中の娘」(1924)
   早川書房『リスタデール卿の謎』所収
脚本:ウィリアム・コーレット
演出:ブライアン・ファーナム

あらすじ
伯父の会社に勤めているジョージ・ローランドは、いつも通り遅刻をして遂に首になった。
くよくよしないジョージは、汽車に乗って旅をすることに決めた。
さて、汽車に乗り込むと、美女が「助けてください」とコンパートメントへ駆けこんで来た。
「姪はどこだ!」と乗り込んで来た男を、機転を利かせて追い出したジョージは、彼女からの頼みで一人の男を尾行することに決めた。
冒険に心躍るジョージの運命は……。


紹介と感想
『AGATHA CHRISTIE on Screen』によると、1983年のニューヨーク国際映画テレビ祭(International Film and TV Festival of New York)で金賞を受賞したエピソードとのことです。

ジョージの伯父さんも登場するドラマ版は、花屋やタクシーの運転手、ホテル支配人とのやり取りなど、原作の行間を埋める形でシーンを追加しており、一見荒唐無稽に見えるジョージの冒険をドラマとして面白く描いてくれました。

ジョージ・ローランドは、1泊2日の冒険としては多くの経験を積み、運命の出会いも手に入れることが出来ました。
ヒースの花にまつわる部分は、クリスティー的な追加要素になっていたと思います。

他愛ないと言えば他愛ない話しなのですが、その緩さを丁寧に描いており、リラックスしながら楽しむことができるドラマとなっています。

出演
 ジョージ/オズモンド・ブロック
エリザベス/サラ・バーガー
ジャロルド/ロン・ペンバー
ロジャーズ/エルネスト・クラーク


参考文献

01.Mark Aldridge『AGATHA CHRISTIE on Screen』Palgrave Macmillan , 2016, p.37
02.同上, p.171-173


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