小野美由紀『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』

小野美由紀『傷口から人生。 メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった。』(幻冬舎文庫)

タイトルだけ見ると、ダメ人間の人生再生記!みたいな、自虐ネタ的なやや明るめな印象を受ける(とくにサブタイトル)が、小野美由紀『傷口から人生。』は、自分のプライドと弱さにとことん向き合った、血肉したたる自伝的エッセイ(わたしはこういう類の本が好きらしい)である。

某有名私立大出身、TOEIC950点、有名企業でインターンをし、就活生として「無敵のエントリシート」持っていた著者は、大手企業の最終面接直前に突然パニック障害を発症。それ以降、就活はもちろん卒論などをすべてを放り出し、スペインで20日かけて聖地までの500キロメートルの道のりを歩く「カミーノ・デ・サンティアゴ」の旅に出る。

パニック障害を発症して以降、著者は自分が根拠のない自信に満ち溢れていたこと、今回の挫折でその自信が脆くも崩れ去ったこと、自分は本当は何をしたいのか分からないまま、立派な成績で塗り固めた嘘の自分をアピールし続けていたことを自覚する。カミーノ・デ・サンティアゴの旅には世界各地から著者と同じく自分探しにやってきた人たちが大勢訪れ、それぞれが自分と向き合いながらひたすら歩いている。著者はカミーノ・デ・サンティアゴの旅を振り返りながら、自分の弱さのルーツを探り、自分の本当にやりたいことを見つめ直していく。

「「自分は人に馬鹿にされている」と思う人間ほど、特別な人間になりたがる。そうなると、その思いはどんどん膨らんで、自分を認めない他人を恨む。同時に、自分が他人を馬鹿にすることに対して、鈍感になる。他人と同時に自分を叱責していることに、気づかなくなる。
特別になりたいと思うあの気持ちって、なんだろう。社会からぎゅうぎゅうと押し付けられる「私の場所」が、どうしても、自分の輪郭よりも、小さいような気がする。私はもっと強くて大きいんだ。みんな私を見てよ。かまってよ。
特別になりたいのは、怖いからなのだ。ぺしゃんこにされるかも、という恐怖が、自我をどんどん、大きくふくらませる。熱されたエネルギーが、やみくもに溢れて、他人を傷つけはじめる。
「特別である」ということは、決して自分と違う人のことを否定することではない、ということに、私はこの時まだ、気づいていなかった。」(33頁)

「私たちは、他者からまなざされることなくしては、生きてはゆけない。
私は人より「自分の世界」に酔いやすい人間だ。今もきっとそうだろう。なんて狭い世界に生きてるんだろう、と思う。もっと自分を失くして、フラットに世の中を見られたらいいのに。でも、しょうがない。自分の世界の外側に、視点はおけない。けれどもその代わり、私はその後、さまざまな場面で、自分ではどうにも動かすことのできない、他者からのまなざし何度もぶち当たって、そのたびに、繭を捨てることを教えられてきた。
他人のまなざしを借りることなくして、わたしはわたしを見つめられない。わたしはわたしを見つけられない。」(96頁)

カミーノ・デ・サンティアゴの旅路で著者は多くの出会いを通じて自分を見つめるヒントを得る。他者から見た自分を知り、他者の言葉にうなずき、ときには本音で語り合い、湧き上がる感情に抗わずに本音の自分と向き合うこと。自分探しとは「要らないものを捨てる旅」(11頁)であり、学歴やプライドを捨てて、自分が本当に必要なものがなんなのかを見極めることだと語られる。
旅路を振り返るとともに、なぜ自分がパニック障害になってしまったのか、自分の心の弱さはどこからきたのか、そしてその弱さを克服するために、今まで逃げ続けたものとどのように向き合ったか、事細かに語られる。

「私は母との別離を通じて、自分の人生を本当の意味で、引き受けはじめたのだと思う。それまで私は、母の暴力的な介入に怯えながらも、どこかで母に甘えていた。母の決定を待っていれば、全部、母のせいにできるからだ。「自分がなにもできないのは、母のせいだ」ということにして、私は現実から逃げていた。
あとになってみれば、ああ、ここに枷があったのだな、と思う。私は勝手に、自分に枷をかけていた。
「私は何もできない」という、"何もしないための"言い訳の枷を一つ、わたしは自分で外した。」(234頁)

母との軋轢、自傷行為、反抗しまくった中学時代、自分を最大限に繕って過ごした大学時代などが語られる。怒り、苦しみ、嫉妬、劣等感をあらわにした著者の来歴は、それでも私は生きていく、というエネルギーが込められている。記憶から消してしまいたいような過去であっても、人生の糧にするという情熱が感じられる。
著者は自分の弱さを血肉にし、旅路で見つけた著者のやりたいこと、「書きたい」ということへ繋げていったのである。

「ずっと、ネガティブな感情は殺さなければいけないものだと思って生きてきた。
でも、違う。
ネガティブは力なんだ。
本当は、別の形をもって、芽吹くかもしれないエネルギーなんだ。」(83頁)

「ネガティブは悪いことじゃない。病気になったり、落ち込んだり、悩んだり。一見、マイナスに見える人こそ、実はとんでもないエネルギーを秘めている。
ネガティブな感情は、その人の可能性だ。」(84頁)

本書は、まさにそれを体現した一冊だと言えよう。著者は根拠の無い自信とくだらないプライドをぶっ壊して、自分と真摯に向き合うことで、本当の自信と野心を取り戻したのである。

本書を読んで、自分のやりたいことにきちんと向き合おうと思った。
自分の人生にどこか納得がいかない人、自分はプライドが高いと思う人、人生を変えたいとひそかに思うが勇気の出ない人、自分が何をしたいのかわからない人に、ぜひおすすめしたい。

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